邪馬台国九州説が巻き返し?

 

 ついに見つかったか! 記事を読み、驚きと期待をおぼえた。福岡県田川郡赤村に、巨大な前方後円墳らしきものが存在するという。地元では知られていたらしいが、今年の春ごろから新聞などが取り上げ始めた。全長450メートル。仁徳天皇陵とされる日本一の大山(だいせん)古墳が486メートル。これに迫るサイズだから、被葬者はよほどの権力者だろう。

 地元の古代史研究会によると、後円部とみられる丸い地形の直径が150メートル。中国の歴史書「魏志倭人伝」に記される、2~3世紀の日本にあった邪馬台国の女王卑弥呼が葬られた墓とほぼ同じサイズという。

 邪馬台国の所在地論争は、畿内説と九州説を中心に繰り広げられてきた。そのルーツは江戸後期にさかのぼり、新井白石や本居宣長らが論じている。その後は歴史学や考古学から、さまざまな説が発表されてきた。

 近年の考古学の成果を踏まえるなら畿内説、それも奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡が、邪馬台国の有力候補地とみなされている。この遺跡からは、大型建物跡や水路跡などさまざまな遺構が出土。日本全国でつくられたらしい遺物も出ており、古代の大都市があったらしい。この遺跡から遠くない場所に、最古級の前方後円墳とされる箸墓(はしはか)古墳(全長272メートル)があり、これを卑弥呼の墓とみる説がある。

 九州北部でも、弥生時代の集落跡が発見されている。特に50ヘクタール超の大集落として知られるのが、佐賀県の吉野ケ里遺跡。「ここが邪馬台国」という説も出された。しかし、卑弥呼の墓にふさわしい大古墳が見当たらなかった。

 福岡の前方後円墳らしきものは、サイズからみて確かに卑弥呼の墓にふさわしい。古墳と確認されれば、纒向遺跡に傾きがちな所在地論に一石を投じる材料となるはず。だが、その後の報道などによると、前方後円墳に見える自然地形の可能性もあるという。発掘調査はされておらず、古墳だとしても築造年代が不明でもある。

 考古学担当だった先輩記者からの伝聞だが、九州で発掘調査を長年している人が「ここから邪馬台国が出てくる手応えがない」と漏らしたという。現場の担当者ならではの実感だろう。そこに「福岡に巨大前方後円墳か」の報だ。自分のような歴史好きは、どうしても期待してしまう。

 「国の始まりが大和の国」とは、懐かしいフーテンの寅さんの口上だが、邪馬台国もやはり畿内にあったという結論では面白みに欠けよう。考古学的な発見は、時に定説化した見方を揺るがす。邪馬台国所在地論争が再燃する可能性は、十分あると思うのだが。

(共同通信デジタル編成部 ニュースチーム次長 左方 倫陽)

 

(KyodoWeekly7月30日号から転載)


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