「本の森」走れ二十五万キロ 「マラソンの父」金栗四三伝復刻版

長谷川孝道著 ●352ページ●熊本日日新聞社(税別1500円)

 

 サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会で、低い下馬評を覆し強豪相手に互角の戦いを繰り広げた日本代表の雄姿は記憶に新しい。そのほとんどは海外リーグでプレーし、体格で勝る外国人選手と対峙(たいじ)し、日々その技術を磨いている。

 今では日本人アスリートが海外で活躍する姿は珍しいことではなくなっているが、実に100年以上前、世界への重い扉を開いた1人のマラソン選手の名前をご存じの方はどのくらいいるだろうか。

 金栗四三(かなくりしそう)。彼こそ1912(明治45)年、日本人として初めて五輪の大舞台に立った日本スポーツ界のレジェンドである。

 

〝韋駄天〟の生涯

 

 「走れ二十五万キロ『マラソンの父』金栗四三伝復刻版」は、「日本マラソンの父」と呼ばれ、今日の日本スポーツ界の礎を築いた金栗四三の生涯を、長谷川孝道氏(元熊本日日新聞記者)が半世紀前、本人への直接取材により書き上げた珠玉の人物伝である。

 金栗四三は明治24年、現在の熊本県和水(なごみ)町に生を受けた。幼い頃から大の負けず嫌いの“元気もん”で、余りある体力を発散するかのように、高等小学校時代には往復12キロを韋駄天(いだてん)通学。その環境の中で、四三はマラソンにとって大事な足腰を鍛えた。

 才能が一気に開花したのは、ストックホルム五輪の出場権をかけたマラソン国内予選。東京高等師範学校(現筑波大学)に在学していた四三は、当時の世界記録を樹立し見事優勝、日本人初の五輪出場の切符をつかんだ。

 「日本スポーツ界の黎明(れいめい)の鐘となれ」という講道館の創立者として知られる恩師、嘉納治五郎の言葉に励まされ、四三は決戦の地、北欧ストックホルムへ。果敢にレースに挑んだ四三だったが、思いがけない敵が彼の前に立ちふさがった。夏の猛暑である。約26キロ付近で脱水症状に陥った四三は意識を失い、途中棄権することに。初の五輪で味わったこの苦い経験こそが、のちに彼が日本スポーツ界発展のために身を捧げる原動力となったのである。

 

箱根駅伝を創設

 

 指導者となった四三は、高地トレーニングやインターバル走の有効性にいち早く着目し、「箱根駅伝」や「富士登山駅伝」などの大会を創設、あまたの名選手を育てた。女子体育にも力を入れ、スポーツ普及活動を通じ国民の体力と競技力の向上に貢献した。

 2019年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」の主人公に決まり、注目が集まる金栗四三。五輪で金メダルを獲得することはかなわなかったが、彼の日本スポーツ界に残した功績は金メダル以上の価値があると言えるだろう。

(熊日サービス開発出版部 編集担当 櫛野 幸代)

 

(KyodoWeekly7月30日号から転載)


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