世界で一番面白い街づくり 震災7年、石巻市からの報告

 

ISHINOMAKI2.0草創期の「作戦会議」

 東日本大震災、それに伴う東京電力福島第1原発事故の発生から7年を迎えた。震災で最も多くの犠牲者が出た宮城県石巻市では、市内外の人たちが「世界で一番面白い街づくり」を掲げ、ISHINOMAKI2・0や、不動産業「巻組」を立ち上げた。創設メンバー2人が、この7年間の活動の「途中報告」をする。(編集部)

 

 2011年3月11日午後2時46分、わが国を未曽有の巨大な揺れが襲った。

 僕(松村豪太)は当時、遅い昼休みをとり、和室で横になっていた。発生直後、頭の上をブラウン管のテレビが飛んでいくのを見ながら、茫然(ぼうぜん)と揺れに耐えていた。

 約1時間後、事務所のまわりは津波に囲まれ、雪の降る中、2階で一晩を過ごした。一夜明けると、瓦礫(がれき)とヘドロだらけの街に成り果てていた。その日から、僕らの格闘が始まった。

 さまざまな人と一緒に泥かきに明け暮れた。事務所がプチボランティアセンターのような役割を担うようになるうちに「面白い人」たちと出会った

 

アイデアを語る場

 

 恥ずかしながら、震災以前の僕は石巻という街をつまらない場所だと諦めていたところがあった。客が多いのはどこにでもある全国展開のチェーン店、市街地中心部はシャッター商店街と化し、何かとしがらみが多く、閉鎖的な雰囲気を感じる、といった理由からである。

 そんな中、昼間の泥かき作業後に「面白い人」たち、すなわち首都圏からボランティアで来た建築やデザイン、ITといったクリエーティブな職能と自由な発想をもった人たちと過ごした時間は刺激的だった。

 石巻市の外から来た人たちのほか、震災前の街の状態に問題意識をもっていた若手経営者ら地元の人間も集まってきた。まだインフラの回復が進まない中、限られた材料で作った鍋をみんなでつつき、街を面白くするアイデアを語る場、僕は“闇鍋(やみなべ)”と呼んでいたが、それは決して悲劇に沈鬱(ちんうつ)な場ではなく、新しい未来を考える、前向きな場であった。

 本稿後半の執筆を担当する渡邊享子さんも当時、東京工業大学真野洋介研究室の修士という立場でメンバーに入っていた。

 “闇鍋”から始まったアクションはISHINOMAKI2・0というチーム名を得て、のちに一般社団法人となる。

 街づくりにあたっては、慎重になりすぎたり根回しにとらわれすぎたりせず「とりあえずやってみる」ことを大事にしてアイデアを次々と実行に移していった。例えば、人に焦点を当てたフリーペーパーや、まち歩きマップの作成、空き店舗をDIYで改修したバーのオープン、被災したビルの壁をスクリーンとした野外上映会の実施などである。

 

他の地域に〝のれん分け〟

 

 このようにプロジェクトを実施していくに際し、当初から大事にしていた考え方がある。それは、単に元の状態に戻すという意味での石巻の復興というにとどまらず、地域づくりやライフスタイル、あるいはビジネスの新しいモデルを、この被災地からつくり、それを石巻市の他の地域に“のれん分け”していこうという気概である。

 僕が思うに「失われた20年」と指摘されるまでもなく、この国は平成という時代に入り、どこか言いようのない閉塞(へいそく)感に包まれていたのではないだろうか。

 あの「3・11」という大きな悲劇は、被災地の人間のみならず多くの人々にとって、生き方や考え方を変えた契機となった。

 「3・11」前は、経済的な合理性の最大限の追求を善とする中、いかに自分が他人より得をするかという価値基準が支配的だった。

 これに対し「3・11」後は、経済的な損得だけではない「幸福」の見つけ方、「みんな」がハッピーになれる世界の在り方に目を向け始めたのである。言い換えれば、他者の幸せをまず考える「利他的な行為」が、回り回って自分の幸せにつながるという発想が徐々に浸透しているのではないか。 

 また、そうしたプロトタイプづくりの一環として、例えばもともと過疎化していた街をにぎやかにするために人を呼び込もうと考えたが、その手法としていわゆる企業の誘致や工場の誘致ではなく、「人の誘致」こそ大事なのではないかと当時から考えていた。

 そこでいう人には「面白い」という修飾語がつく方がよく、面白い人に、自分の街を選んでもらうためには、街にはイケてるカフェやバー、おしゃれな雑貨店が必要なのではないか、と考えていた。

 3・11から7年。まだまだわれわれの挑戦は途中であるが手ごたえを感じている。石巻市でのボランティアをきっかけとした多くの移住者が魅力的な取り組みをしている。 また、もともとの地域の人間も震災前とは異なった視点での活動を始めている。さらにこうした魅力的な取り組みの中でもビジネス的視点を持ったものについて「ローカルベンチャー」としてとらえ、行政と連携して後押しする体制もできた。後半ではさらに具体的な「途中報告」を、渡邊さんからさせていただく。

 

幸せな暮らし方

 

 震災から7年という時間の中で、2~3年単位で少しずつ石巻の街の「潮目」の変化を感じることができる。不動産業を手掛ける「合同会社巻組」の活動は2012年ごろの課題意識の中で始まった。

 石巻市内には震災発生後の1年間に延べ28万人ものボランティアが訪れた。そのうち200~300人はその後も数年間、継続的に石巻に滞在し続け、自らなりわいを生みながら生活しようとした。

 一方、全壊家屋が約2万2千戸と積み上がった石巻市では、被害をうけた住人のための住宅すら不足していた。「よそ者」である人々は住宅を得るのが非常に困難な状況にあった。

 こうした状況で、街の中で、新たななりわいづくりに取り組む住人に向けて、住まいを提供する取り組みを13年から始め、15年に合同会社として法人化した。

 街の不動産需給の潮目が変わったのはちょうどその頃だった。

 市街地に約3250戸の供給が計画されている復興公営住宅の中で最初に竣工(しゅんこう)したのが13年。このころになると民間の賃貸を利用しながら供与されていた、いわゆる「みなし仮設」が徐々に展開されていく。一方で、建設事業者向けのワンルーム賃貸や、内陸の田畑を大胆に開発した新築住宅が増えていった。

 こうした中で、巻組の役割も変化している。

 これから先、空き家が増えていく街の中で、必要になるのは震災当時、逆境に立たされたからこそ、地域住民が「よそ者」である若者たちと手を取り合って前に進んできた、あの熱量を持続し、この場所だからこそ実現できる「幸せな暮らし方」を追求し続ける求心力である。

 私は不動産こそが「幸せな暮らし方」を実現する礎であるべきだと、改めて声高に叫びたい。巻組がどんな幸せを目指しているのかを掘り下げてみる。 

 震災後、石巻やその周辺地域では20~40歳代の若者たちが既成概念を超えるさまざまななりわいを生み出している。

 例えば、呉服屋の若旦那が震災後に訪れたボランティアにお土産を持って帰って欲しいという一心で、それまで石巻ではまったく作られていなかった「こけし」のブランドを一代で立ち上げた。この創作こけしは、各種の地位ある賞を受賞したり、仙台駅のお土産コーナーでも人気商品になっていたりと高く評価されている。

 あるいは、震災後、移住した、アーティストの女性は、石巻で多く水揚げされている「ホヤ」を発信しようと、海辺の民宿で「おかみ」として働きながら制作活動を続けている。

 このように、地域にもともとあった仕事で生計を立てながら、同時に自由に自分の想いを形にするなりわいにも取り組む若者たちも少なくない。

 巻組が運営するシェアハウスは、5棟が3年間で48人に利用されている。そのうち、20%が映像などの制作に取り組むアーティスト、15%が自身で生計をたてる起業家、その他、クリエーティブな活動に取り組む外国人も10%を占める。

 

表現者のキャンバス

 

 彼らが自由に暮らしを創造すればするほど、生き方の選択肢が開かれ、街に暮らす若者たちの自己肯定感や幸福感につながると、私は仮説を立てている。

 街という場所は「最悪の事態」を想定し、その事態の責任追求を逃れる「都合」や「言い訳」が増えれば増えるほど息苦しくなる。

 たとえば、なぜ、街の公園でボール遊びが禁止されているのか、気持ちのよい海辺のドライブコースから海岸の景色が奪われていくのか、子どもが独り立ちして余った部屋に旅行客を気軽に泊めて、宿泊費をいただいてはいけないのか。

 いつも「もしも、何か起こったときに、誰が責任をとるのか」を問われ、誰かがその責任と生活者の間に壁を立てるからである。もしかしたら、被災地だけではなく、日本全土がそんな閉塞感に覆われているのではないか。閉塞感を、ここ石巻から打ち破ることができないか。

 巻組では、資産価値の低下した築20年以上の木造住宅や、貸し主が高齢化し、活用の難しくなった不動産を対象にし、リノベーションやサブリースによるシェアハウス運営を行っている。資産価値が低下し、消費者から見向きもされなくなった不動産が、表現者たちに向けてのキャンバスになったら「幸せな暮らし方」が実現していくのではないか、と信じているからである。

 

[筆者]

一般社団法人ISHINOMAKI2.0

代表理事 松村 豪太(まつむらごうた)

合同会社巻組代表社員 渡邊 享子(わたなべきょうこ)

 


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