「レッド」が問い掛けるもの あさま山荘事件から46年

 1990年代初頭「19XX」という深夜番組が放映されていた。特定の年代を選び、その年のヒット曲をひたすら流すだけのシンプルな構成の番組だった。1972年の回で、ビリー・バンバンの「さよならをするために」とともに、あさま山荘事件の映像が流れた。札幌五輪の閉幕直後、日の丸飛行隊の興奮さめやらぬ世間の横面をはたき、大きな衝撃を与えた事件から46年。さすがに生々しさは消えている。すでに「19XX」放映時点で、特異な時代の現象としてノスタルジーとともに回顧される出来事であったのだ。

 

矛盾に決着

 

 山本直樹の「レッド」(全8巻/講談社)「レッド最後の60日そしてあさま山荘へ」(全4巻/同)は、事件に関わった連合赤軍メンバーをモデルに、破滅に至るまでをカウントダウン方式で描いた作品である。捜査側や一般人などの視点は極力抑え、道を見失いかけ右往左往する若者たちの姿を徹底して追いかける。まるでアメリカンニューシネマを見るかのようだが、作者の目的は、ただ昭和の事件を平成の世に蘇らせるだけではないだろう。

 終着点としてのあさま山荘事件はもちろん取り上げるが、主眼を置くのは直前の山岳ベース事件だ。12人もの死者を出したリンチ事件。「過激派のやりそうなこと」「お題目のわりには犯罪内容は前時代的」などと言われたが、この二つの意見は考えるまでもなく矛盾している。作者はその矛盾に決着をつけるべく、命を失う運命の登場人物に死の順に沿った番号を振って、着々と描き進める。もともと作者の画は、キャラクターを華美に飾らないドライなものだが、本作では尖り気味の都会的な洗練をやや抑えているように見える。実在人物の表情に寄せるためか、時代の雰囲気を尊重するためか。画風を少しいじっての作画からは、創り手の「渾身(こんしん)」がひしひしと伝わる。

 作中、キャラクターに山岳からとった仮名が与えられているのは、皮肉のようでもあり、命を落としたメンバーへの哀悼のようでもある。実在人物の影が消えるわけではないが、すぐに彼らを「赤城」「岩木」「吾妻」「白根」とみなすことが当たり前になる。

 最大の疑問は、「なぜ多数の仲間を死に追いやったのか」だろう。6巻の末尾に掲載された対談で、元赤軍派の一人が、「地獄に至る道は善意で敷き詰められている」と語っている。総括と称したリンチの主導者たちは、彼らなりに善意の塊であったのだと。

 「善の思想がベースにあるのだから、逃れようがないのです。世間の人は『仲間を殺すなんておかしいと思わなかったのか』『どこかで間違いを正せなかったのか』と言うけど、逆にそういうことを言う人たちに問うてみたい。『人間がまっとうに生きようと思うなら、自分が善だと思うことをなさなければならない十字架を背負っているんじゃないですか』と」

 高揚感と結びついた同調圧力に、頭で対抗するのは難しい。そして最終的には個人の資質の問題に行き着いてしまう。「それは革命戦士としてどうなんだ」という総括要求が凄惨(せいさん)な暴力に発展し、「もうそのへんで十分だろう」とページを繰るたびに言葉に出したくなる。

 特に、女性リーダーの「赤城」が女性メンバーの「天城」に総括を迫り、「天城」が自らの顔を変形するまで殴り続ける場面は壮絶である。「天城」に関しては、モデルとなった犠牲者の亡骸(なきがら)の写真が公表されていることもあり、作中の画とどちらがショッキングかを比較する声もあるようだ。しかし、その比較は「ナンセンス」というべきだろう。作者は写真をなぞるのではなく、悲惨さにおいて写真を上回ろうというのでもなく、重傷を負った「天城」の死の直前の表情を想像し、一筆一筆描いているのだ。

 

「言葉に翻弄(ほんろう)」

 

 逃げ場などどこにもない作品だが、女性キャラクターの複数名が放つ若さの輝きは胸にしみる。エロティックな描写にかけてはもとより定評のある作者は、「はっぱ64」(全3巻/小学館)や「僕らはみんな生きている」(全4巻、一色伸幸原作/小学館)の頃から、妄想とリアルさを奔放に繰り出しての色気の演出がうまかった。

 本作では、とりわけ肉付きの描写に頼らないよう留意し、スカートの裾のラインひとつ、ジーンズのベルトの中にたくし込まれたシャツのしわ一本に、彼女らの刹那(せつな)的な生命をこめているように見える。中でも、中盤でスパイ容疑のかかる仲間の処刑を提言しておきながら、やがて山中で凍死する「白根」のしなやかな魅力は印象に残る。まだしも慈悲をもって描写された最期を見ると、作者に思い入れがあるのかと想像してしまうが、その勘ぐりが息抜きといえば息抜きだ。

 米国の社会学者が、リンチ事件の原因を分析し、一度集団が決めたことに逆らわないのが日本人の特性だからと述べたという。太平洋戦争末期の様相を念頭においての意見なのだろう。その通りだと認める一方で、あえて言いたくなる。現在、同様のことが起きているのは日本に限らないのではないかと。

 学生運動の潮流のどん詰まりで起きた事件の中で、若者たちは時代の流れを生きた活動家から、普遍的な人間の本質をさらけ出す存在になったのかもしれない。2巻末尾の対談で、押井守は述べている。「言葉に翻弄(ほんろう)されるという現象に関していえば、今生きている人間と赤城や吾妻とは基本的には変わらないですよ」。

 事件に対する感情的距離に関わらず、「なぜあたら若い命を」というやりきれなさは確実にあり、自らが失ったものを重ねて不思議に喪失感をかきたてられる作品だ。「レッド最終章あさま山荘の10日間」は現在連載中である。=敬称略

(漫画愛好家 小岩 くぬぎ)


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