なぜ五郎はボロ家へ帰ってきたのか エコノミストが見た「北の国から」

日本経済新聞出版社日経プレミアシリーズ=850円(税別)、240ページ

 書籍「『北の国から』で読む日本社会」は、名作ドラマ「北の国から」に出てくるセリフやシーンを拾い集め、そのドラマの背景として描かれた戦後日本の歴史を、1冊の本にまとめた。ドラマには、原作者の脚本家・倉本聡(くらもとそう)により、ドラマの背景として当時の社会の変化が巧妙に取り込まれ、かつ登場人物の来歴がしっかりと作り込まれている。このため、このドラマは時代を映す鏡であるとともに、経済・社会学的な分析の対象として、興味深い素材となっている。(敬称略)

 

北島三郎の「なみだ船」

 ドラマ「北の国から」には、放映された1981年から2002年までのおよそ20年間のみならず、登場人物の思い出話などを通して、戦後間もないころからの日本の社会が、色彩豊かに描かれている。倉本聡は、自ら体験したことや、直に体験した古老などからの聞き取りを積み重ね、ドラマの背景として当時の日本を描いたのである。

 「北の国から」は、主人公である黒板五郎が、2人の子供を連れて出身地である北海道の富良野のボロ家に移り住むところから始まる。一家は、自給自足、家や電気、水道までも自分たちで何とかする暮らしの中で、自然の厳しさや経済的な苦しさに直面しつつも、仲間たちの共同体意識に守られ、成長していく。 そうした一家の成長の記録の中に、戦後間もないころからの日本の社会が、ドラマのシーンとして、あるいは思い出話や記憶の中に、歴史に忠実な形でしっかりと描かれている。

 例えば、北海道の農家の悲哀を表す場面として、こんなシーンがある。富良野が嫌になり、東京に別れて暮らす母のもとへ帰ろうとしていた純(五郎の息子)を見送りに来てくれた古老が、何気なく次のような昔語りを始める。

 「『なみだ船』って歌~知っているかね」「ふしぎなもンだな。流行歌ってやつはさ、~。その歌をきくとその歌が流行(はや)ってた~その時代の出来事を思い出す」「あの年はひどい冷害でね。おまけにトラクターが導入されて営農方式がどんどん変わってさ」「いっしょに入植した連中が家をたたんで~つぎつぎと麓郷を出てった」「11月だったな。~親しかった連中が~4軒いっしょに離農してってね」「そんときわし~やっぱり送りにきたもンだ」「北島三郎が流行ってた」

 ドラマの中では、この一連のセリフには何の補強も説明もないが、実はこの何気ない古老の昔語りによって、当時の北海道の農業がおかれていた状況が手にとるように分かるのである。 まず、4軒の農家が離農していった11月は、北島三郎の「なみだ船」が流行っていたということから、1962年であったことが分かる。前年の61年、その後の約40年間にわたり日本農業の憲法であり続けた農業基本法が制定され、大規模化や機械化による農業の生産性向上や、後の減反政策につながる農作物の生産調整というような農業政策の柱が打ち出された。

 すなわち、機械化投資ができないような小規模農家には、国策として離農が勧められたのである。結果として北海道では、60年に23万戸あった農家が、2015年には4万戸程度にまでその数を減らした。五郎たちが1980年に富良野に帰って以降も、幾人もの仲間の農家が離農や夜逃げを余儀なくされた。

 このように、ドラマ「北の国から」には、単なるファミリードラマの枠には収まり切らない、社会派としての側面があり、それを拾っていくことで、現代につながる社会の変化を紡いでいくことができる。

 戦中派である黒板五郎は、2018年に84歳になり、いわゆる団塊の世代よりも少し上の世代であるが、彼の行動形態は、団塊の世代とほぼ同一の傾向が見られる。1960年代、団塊の世代が金の卵として東京に出て来た時期に、五郎も東京に出てきている。そして、70年以降、都市と地方の所得格差が急速に縮小したのに合わせて、団塊の世代は地方に散っていったが、五郎も少し遅れて、やはり出身地である富良野へと帰っていく。

 

日本社会の分析書

 黒板五郎の世代は、厳しい戦時を生き抜き、戦後日本の経済成長の渦中にあり、バブルを謳歌し、その崩壊を60歳目前で経験するも、その後の世代の苦境については、ある種傍観者であり、言葉は悪いが逃げ切り世代とされる。

 一方、五郎の息子である純は、団塊ジュニアに該当し、バブル経済の負の遺産を負わされる。純が親戚から引き継いだ農場には、バブル期に膨らませた高い金利の膨大な借金が残っており、それが首を絞める形で、純は農場経営に失敗し、多額の借金とともに富良野を去る。

 「『北の国から』で読む日本社会」では、こうしたさまざまなシーンやセリフをドラマの中から拾い出し、戦後日本の社会の動きをつぶさに追った。単にドラマのシーンを回顧するだけではなく、一つずつデータや法典などにあたり、現代につながる日本社会の分析書としての側面も併せ持つ。各世代が、それぞれの時代、厳しい社会の中で懸命に生きた結果として〝いま〟があることを知ることになる。

 著書で取り上げたテーマは、上記した農業の問題のほか、集団就職や出稼ぎ、経済成長やバブル、そしてその崩壊、交通インフラからごみ問題、教育、性愛の問題まで幅広い。ドラマを見たことがある方には感情移入しながら楽しんでもらえること請け合いだが、見たことがなくても、自らが生きてきた時代や日本社会の変化を、興味深くなぞることができるはずである。

 

 

日本総合研究所上席主任研究員

藤波 匠(ふじなみ たくみ)

1992年東京農工大学大学院修了、同年東芝入社、その後、さくら総合研究所、日本総合研究所、山梨総合研究所などを経て、2015年より現職


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