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「特集」 遺言書のススメ 残された人への 愛のメッセージ 作るなら今でしょ!

弁護士
保坂 洋彦​

  わが国は高齢化社会と言われて久しい。団塊の世代が後期高齢者になって高齢化率は年々上昇している。そのため、孤独死、所有者が不明な土地や墓じまいの問題など高齢化に伴う問題が種々発生している。最近よく聞く言葉に「シュウカツ」「ソウゾク」「フドウサン」がある。漢字にすると、「終活」「争族・争続」「負動産」である。


元気なうちに

 高齢者は、子への財産の承継について、「元気だし当分は大丈夫」とか、「自分が亡くなったら子供たちがうまくやってくれる」など、のんびり構えている方が多いと思う。かく言う私も、妻から遺言書作成を示唆されながら「自分は元気だからしばらく大丈夫」などと言って何の準備もしていない。しかし、いつ、誰に、何が起きるかは全く分からない。遺言書を作成するのは元気なうちに限る。少し前にはやった言葉で言えば、「いつやるか? 今でしょ!」ということだと思う。

 さて本題に入るとして、いきなり私事で恐縮だが、私の失敗談からお話ししたい。

 私が検事をしていて、全国転勤中のことである。亡き父の姉である伯母が亡くなった。父は10人兄弟姉妹の末っ子、伯母は独身で子供はなく、既に父以外の兄弟姉妹も全て鬼籍に入っていた。相続人は兄弟姉妹の子(いとこ)ばかりで、合計30人近くに及び、私はその1人であった。

ウン十万もらえるなら…

 伯母は遺言書を残しておらず、相続は遺産分割協議となった。その陣頭指揮を取ったのは伯母と親しくしていたいとこの1人Aであった。Aから相続の話がきた当初は、伯母の持っている不動産を売却して全員で等分すれば、1人当たりウン十万円にはなるとのことであった。そして、全員が納得しているので、印鑑証明を送ってもらえればそんなに時間がかからずに配分できると。そこで、ウン十万円もらえるならと思い、印鑑証明を送り、後のことはAに任せた。法律家とはいえ、当時は検事で、自分が分割協議や相続手続きに関与する必要はないと思い、Aの言葉を信じ、全てを任せた。

 そして、相続放棄ができる3カ月が過ぎ、さらに1年、2年と過ぎたが何の音沙汰もなく、伯母の相続のことは忘れかけていた。そんな折、突然、不在者財産管理人を名乗る弁護士から書類が届いた。はて何だろうと思い、Aに連絡したところ「(いとこの1人)Bが『自分が一番世話をしていたのに等分はおかしい』と納得せず、判を押さないうちに亡くなった。Bには長男Xがいるが現在所在不明なので、不在者財産管理人が選任されて話を進めることになった」と聞かされた。

「負」動産

 その後も分割話は進展しなかった。伯母が保有していた不動産の固定資産税が支払われず、相続人の1人である私の元にも支払いの督促状が届いた。この時、行政の力の強さを感じたのは、私の転勤する先々に督促状が送られてきたことである。そして、固定資産税が支払われないため、ついに延滞税が発生し、その額は年々膨れ上がり、不動産を売却しても相続財産はマイナスという事態に陥った。そうなると、分割話は進展しないばかりか、ほとんどの者が知らん顔というありさまだった。

 困ったAは、マイナスの財産分を分担してでも解決しなければ延滞税が雪だるま式に膨らむと心配し、私に連絡をしてきた。曰(いわ)く「Aとその兄弟姉妹でマイナス分を負担して終わらせたいが、そこに加わり一部負担してもらえないか。法律家として責任の一端を担ってくれ」と。私は、全員が負担するならともかく、一部の者で負担するのは不平等だと思いつつも、このままでは埒(らち)が明かないとも思った。結局、Aの言葉に負け、税金の滞納を解消して片を付けるべきだと思うに至り、一部を負担することを承諾した。最終的には、元々入るはずだった配分額とほぼ同額を負担し、固定資産税を支払って不動産の売却も終わり、他の相続人全員の承諾を得て全てが解決した。

話のネタ

 振り返ると、法律的には兄弟姉妹には遺留分(※)がなく、遠い存在の伯母の財産を欲しいという者もいなかったのであるから、遺言書で承継相手を決めておいてくれれば、事は簡単に済んだのにと感じた。また、自分も欲を出さずに相続放棄をしておけばと反省した。

(※残された家族の生活の保障や潜在的な持ち分の清算などを確保するため、一定範囲の相続人に一定額の財産を取得する権利を保障するもの)

 この体験は、その後の法律家人生、特に相続問題に貴重な教訓を残してくれた一方、公証人となって依頼を受けた講演で遺言の話をする際には、大きなネタとなり、自画自賛になるが、講演の評判の良さに繋(つな)がったのはある意味ありがたかった。

 講演では「うちの子供たちは仲がいいし『心配しなくても大丈夫。俺たちでちゃんと話し合って決めるから』と言っています。それでも遺言は必要でしょうか」という質問を受ける。確かに、親の生前は、子供たちは皆親を安心させることを言う。しかし、実際に亡くなった後は、そう簡単にはいかない。昔と違って今は権利意識、平等意識が強く、少しでもたくさんもらいたいのが人情である。相続人それぞれの家庭の事情が異なり、家族の人数や子供の年齢も違う。しかも、相続人本人だけではなく、パートナーの存在を見逃すことはできない。パートナーには相続権はないが、お金が絡む問題なので、ますます厄介になる。相続人同士で納得しても、パートナーからすると平等に思えないことがある。すると、パートナーは話し合いの途中で横腹をつついて囁(ささや)く。「どうしてお兄さんばっかりそんなに優遇されるの? 平等じゃないでしょ。うちだってこれから子供たちの進学や学校にお金がかかるんだから、平等にもらってください」と。そうなると、まとまりかけた話も「ちょっと待った」となり遺産分割協議はまとまらず「さあどうする」となる。こんな時に遺言書があれば、遺留分の問題が生じても、遺言書の内容通りに遺産分配ができる。やはり遺言は重要である。

 このように遺産分割協議は大変で、そのため不動産の相続人が決まらないまま相続を繰り返して所有者不明土地の問題が生じ、また不動産を相続しても負担の方が大きくなる「負動産」の問題にもなっている。財産の承継は、きちんと片を付けて後世に負担のないようにしたいものである。

遺言書があったら…

 その意味で、ここで遺言を作成しておいた方が良い例をお話ししておくこととする。

 具体的には ①夫婦に子供がいない場合 ②先妻の子と後妻およびその子がいる場合 ③後妻の連れ子がいる場合 ④家業を継がせたい場合 ⑤相続人以外の者に財産を分けたい場合 ⑥相続人がいない場合 ⑦財産を特定して分配したい場合ーなどがあるが、誌面の関係で三つほどピックアップして説明する。

 まずは①の夫婦に子供がいない場合である。

 故人に子供と親がいないと、相続人は配偶者と故人の兄弟姉妹になる。遺言書で配偶者に全て相続させるとしておけば、兄弟姉妹には遺留分がないため文句の言いようがなく、配偶者が全財産を相続できる。もし遺言書がないと遺産分割協議になり、平素付き合いのない兄弟姉妹も加わって話し合いをしなければならなくなり、まさに先程の例と同じことが起きる。

 ここで、経験した別事例を取り上げてお話しする。子供のない人が配偶者を残して亡くなり、遺言がなかったために配偶者と故人の兄弟姉妹の間で遺産分割協議となった。協議の結果、全財産を配偶者が相続することに全員が同意し、遺産分割協議書もでき上がった。ところが、その直後、兄弟姉妹の中に破産者がおり、破産管財人が付いていることが判明した。破産管財人が付くと、相続人であっても遺産分割に同意はできない。破産管財人は職務上、相続財産上に有する権利を確保しなければならず、相続分を主張せざるを得ない。そのため、せっかくの遺産分割協議は認められず、破産者の相続分を破産管財人に支払わざるを得なくなった。

 実際の例では、他の相続人が、破産者の財産受領は仕方がないとして当初の同意を維持してくれ、破産管財人に支払う分以外は配偶者の手元に残ることになって決着したが、これも1人がもらうなら私もと言い出すと、新たに遺産分割協議をやり直さざるを得なくなるところだった。

 次に③の後妻の連れ子がいる場合についてお話しする。

 後妻に連れ子がいて、一緒に暮らすうち後妻が先に亡くなり、連れ子と義理の父が残った場合に見られる問題である。

 後妻と再婚した際に、連れ子について養子縁組をすれば、義理の父と連れ子は養親と養子、すなわち相続人となって相続できる。しかし養子縁組をしていないと、一緒に暮らしていても法律上はあくまで他人になる。養子縁組していなくても、義理の父が先に亡くなり、後妻である母が全財産を相続し、その後母が亡くなった場合には母の子供であるので当然に相続できる。

 しかし、順番が逆で母が亡くなり、次いで父が亡くなった場合は、まさに養子縁組の有無で結果が大きく異なる。ここでも、連れ子に財産を承継させる旨の遺言書を作成し、連れ子に遺贈することを明確にしておけば、相続人からの遺留分請求の問題はあっても、連れ子に財産の承継ができることになる。

 さらに、⑤の相続人以外の者に財産を分けたい場合についてお話しする。

 ここで一番の問題は内縁関係で、法律上の夫婦ではなく相続権がない以上、財産の承継はできない。やはり遺言書の作成が必要となる。

 内縁関係以外で、よく相談を受けるのが、義理の息子・娘への財産承継の問題である。子供の結婚相手は義理の関係であり、直接的な親族関係はないので、結婚相手の配偶者の親に対する相続権はない。例えば、自分の長男が結婚し、長男の妻(=嫁)や子供(=孫)と同居している時に長男が死亡し、引き続き嫁、孫と同居を続け、平素の生活で嫁の世話になったという例はよく見聞きする。この場合、嫁には相続権がないため、孫が相続人となるが、義理の仲とはいえ、一緒に生活し、平素の生活の面倒を見てくれる嫁に多少なりとも財産を譲りたいという気持ちが生じるのは、さもありなんだと思う。この場合にこそ、遺言書での遺贈が有効なのである。

「愛のメッセージ」

 これまでまとまりのない話を書いてきて恐縮だが、最後に、私が講演などでお伝えしていることを述べて終わりにしたい。私は常々、遺言は、後に残る人に対する「愛のメッセージ」であると話している。遺言者の生前最後の気持ちを表し、伝える最大の機会だと思う。財産の承継を含めて自らの考え、気持ちを伝え、残された人が納得して、皆が仲良く、末永く幸せに暮らしていけるような遺言書の作成を考えてはいかがでしょうか。

弁護士 保坂 洋彦​(ほさか・ひろひこ) 1952年生まれ。東京都出身。中央大学法学部法律学科卒業後、78年司法試験合格。検事に任官し東京、釧路、静岡、福岡地検などに赴任。鹿児島地検検事正、札幌高検次席検事などを歴任し、高松地検検事正を最後に2012年退官。13〜22年、東京・葛飾公証役場の公証人を務め、現在は弁護士として活動している。

(Kyodo Weekly 2024年7月29日号より転載)

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