【凛九 伝統工芸を継ぐ女性たち】その六《伊賀くみひも》藤岡かほりさん 気負わない仕事が解きほぐす伝統の構え

高台で作業する藤岡さん
高台で作業する藤岡さん

 好きになった相手が、たまたま伝統工芸を担う老舗の子息だったら・・・。結婚を考える時、これは覚悟がいると誰もが思う。一から作業を覚え、立派なものを作れるようになるまで修行を積み、しかも家事をしながら仕事をこなして「家」を継ぐ。そんなドラマや映画のヒロインの苦労が脳裏をかすめる。ところが彼女はずいぶん楽しそうだ。東海地方で活躍する伝統工芸の女性職人たちが集まる「凛九」の9人を紹介する連載、今回は伊賀の組紐(くみひも)をつくる藤岡かほりさん。組紐店の四代目と結婚し、伝統工芸士の義母と夫に指導を受けながら新しい作品にも挑戦する毎日。「結婚前に相当覚悟した?」という質問に吹き出しつつ、「モノづくりができて楽しそう、という感覚しかなかった」とさらり。伝統工芸という格式や重厚さを、楽しげにしなやかに受け継ぐ21世紀のヒロインだ。

軽やかなレジリエンス

 組紐は、古くは仏教の伝来とともに中国から伝わったといわれ、仏具や平安貴族の装束、武士の武具、茶道具や刀剣の飾り紐、根付やたばこ入れの紐など、身の回りのさまざまなものに使われてきた。現代でも和服の帯締めをはじめ、ひな人形や兜(かぶと)などに使われているから、目にする機会は少なくない。

 だがもちろん、すべては手作業の伝統工芸。たとえば一本の帯締めを組むのに、早くても2日はかかる。そもそも組紐をつくるのに必要な絹糸を量って分ける「糸割」や染色など、組む前の工程まで含めれば1~2カ月はかかるという。糸の染め屋さんも今は一か所しかない。もしそこが今の代で終わってしまったら、糸染めも自分でやらねばという不安もある。「今は両親が健在で糸割などは義父がやってくれている。やり方は教わっているが、実際にちゃんとできるほど慣れてはいない。糸を組む作業自体は数カ月で覚えたけれど、これも人が使って良い、と感じてもらえるものを作るにはまだまだだと思う」と、修行の長い道のりを語る。

経尺(へいじゃく)と呼ばれる糸の準備
経尺(へいじゃく)と呼ばれる糸の準備

 だからこそ結婚前の覚悟はさぞかし、という冒頭の質問だったが「決意も覚悟も計画性も、周囲に心配されるほどなくて、難しいことがあっても夫もいるし、一人でやるわけじゃないし、何とかなるだろうと考えていた」という。「伝統工芸とは、という知識があったわけではなく、入ってみたら伝統工芸だった」という順番。この軽やかさが、逆説的だが老舗ののれんという重圧に対するレジリエンスの機能を果たしているように見える。

のれんの奥の連帯感

 実家は富山。大学卒業後、関西で会社勤務をしていた頃は朝9時から夕方6時という毎日。でも伝統工芸という自営業は日によって異なるフレキシブルな生活だ。イベント前などは多忙を極めるが、ふだんはだいたい7時半ごろ起きて朝食をとり、店に行って紐を組み始める。昼食を作り片付け、休憩をはさんだりしながらの仕事。

家族4人が組紐職人
家族4人が組紐職人

 「紐を組む、というひたすら同じことの繰り返し」であることが、一番大変だと思うこと。「もっと集中しなきゃいけないと思う」のは、単純に見えてもこの繰り返しの作業の中に、繊細さと忍耐力が求められているからだ。「私は右利きなので、右に力が入ってしまうことがある。その角度や力加減を均等にするのが難しい」という。そうはいっても、無になって組んでいるわけではなく、「外の雨や風、サイレンの音などを聞きながら、今夜の夕食は何作ろうかなあ、とか考えながらやってるんです」と、あくまで自然体だ。

藤岡組紐店
藤岡組紐店

 コロナ禍でイベントや出張がなくなり、毎日の食事の支度も大変になった。作ることより献立を考えるのが大変。あるとき「もう無理だ」と夫に言ったら、冷蔵庫の中の材料でこれを作ろうか、などと言いながら家事を分担してくれるようになった。「同じ仕事をする者同士、“しんどさ”も理解できるからかもしれないですね」。老舗を支える家族の連帯感が、のれんの隙間から垣間見える。

凛九がくれた挑戦の機会

 そもそもモノづくり自体が好き。パッチワークに夢中になったり、今は切り絵や水彩画も趣味。カラーコーディネーターの勉強もした。地元の伊賀焼きや近くの信楽焼など、陶器にも魅せられ、ふだん使う茶わんや土鍋など、気に入った焼きものを集めて使っている。いずれ自分で陶芸もやってみたいと考えるほどだ。

 だから本業でも、難しい柄ができた時の喜びはひとしおだ。凛九の展示会で挑んだ柄は「組んでいる最中は泣きたいほど難しかった」というが、「出来上がった時は興奮した」。ふだんは注文の品を作ることが優先だから、凛九の展示会は良い機会だった。「出来上がって自信にもつながった」という。

帯締め「君が袖(亀甲・扇面)」(初挑戦の柄)
帯締め「君が袖(亀甲・扇面)」(初挑戦の柄)

 祖父の代から伝わる組紐のデザイン帳ともいえる秘伝の「綾書き」を繰りながら、これも一つひとつ自分の手で作ってみたいと思っている。自分で新しい柄を生み出したいという気持ちもある。

SDGsイヤリング

 若い世代や和服に縁遠い人にも手にとってもらえる新しい品を、すでに生み出してもいる。しかも持続可能な世界にぴったりの「余りもの」で作った逸品だ。取材の日、藤岡さんが左耳につけていたタッセル風のイヤリングがその一つ。艶やかな絹の房がエレガントに耳元で揺れている。

余った絹糸で作ったタッセル風イヤリング
余った絹糸で作ったタッセル風イヤリング

 帯締め一本を組むために使う絹糸は数百本から千本以上。用心して長めに糸を用意するが、最終的に数センチ余った絹糸を捨てるのは忍びない。束ねて置いてある「余り」で作ったのがこの“SDGsイヤリング”。まだ作り始めたばかりで販売はしていない、というので「ぜひ売り出してほしい」と要望しておいた。

余った絹糸たちも再生される
余った絹糸たちも再生される

 ほかにも洋服のベルトとして組紐を使う提案をしたり、モケモケの毛糸を組み込んだ帯締めなども作っている。「着物を着ない人にも別のものを紹介できればいい」と前向きで、壁にかけてながめてもらうタペストリーなどにも挑戦している。

タペストリー
タペストリー
ストラップ
ストラップ
帯締め「モケモケ」
帯締め「モケモケ」

気負わない仕事の波及効果

 モノづくりが好きで、結婚してみたら婚家が伝統工芸の老舗で、「結果として好きなことを仕事にできて恵まれていると思う」という藤岡さん。気負わずに向かう「高台」で組む、さまざまな色合いと柄の紐は、伝統工芸、という言葉が持つある種の構えを解き、日本という国で長い時間をかけて育まれ、愛されてきた日用品という親しみを湧かせる。「好き」を仕事にすることの潜在的な力が、見る側にも波及するのかもしれない。「説明するだけでは伝わらないから、ワークショップなどで直接感じて、体験してもらいたい」と藤岡さん。手にしたら、自分のものにしたくなりそうだ。

PROFILE

藤岡かほり(ふじおか・かほり)
 大学卒業後、会社勤務を経て組紐店の四代目と結婚し、初めて組紐に携わる。伝統工芸士の母藤岡恵子と夫の指導のもと、主に高台による帯締めの製作を学び、複雑な柄にも挑む。現在は家族とともに全国の百貨店等で実演販売、色や柄の提案も行なっている。着物に興味を持ってもらえるような帯締め作りを心がけている。また、若手女性職人グループ「凛九」への参加をきっかけに他の工芸とコラボすることで新しい組紐の可能性を探っている。

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