試合に臨む姿勢は自分が決める リーダーとは、ラグビー広瀬俊朗さん

ラグビー元日本代表の広瀬俊朗さんと住友生命社長の高田幸徳氏(左)
ラグビー元日本代表の広瀬俊朗さんと住友生命社長の高田幸徳氏(左)

 ラグビー日本代表の元主将、広瀬俊朗さんがこのほど住友生命ホームページ掲載の動画に出演、同社社長の高田幸徳氏と対談を行った。リーダーとして何を優先するかとのテーマに広瀬さんは「どんな姿勢で練習や試合に臨むかは自分次第。それを大事にしている」ことを挙げた。この姿勢は、ラグビーでもグラウンド外の活動でも、常に念頭に置いているという。

奇跡の勝利、裏で支える

 大阪府立北野高校の先輩後輩の関係という2人が、同窓という気の置けない雰囲気の中で進んだ会話で盛り上がりをみせたのがリーダー論だった。主将というイメージが強い広瀬さんに高田社長が問い掛け、返ってきたのが前述の言葉。思い出されるのが、初戦で南アフリカに逆転勝ちし「世紀の番狂わせ」と言われた2015年のワールドカップ(W杯)イングランド大会だ。その前、12年から13年まで、広瀬さんは日本代表で主将を務め、強豪ウエールズに勝つなど、エディー・ジョーンズ監督(当時)の信頼に応えた。しかし、15年のW杯代表に選ばれたが「先発の座が難しい選手には主将を任せられない」と、その座は東芝の後輩、リーチ・マイケルが指名された。「ぽっかりと心に穴があいた」と失望感にさいなまれながらも、広瀬さんは猛練習に率先して臨み、悩める若手に声を掛け、大会中も相手チームの分析に積極的にかかわった。

 W杯は出場機会に恵まれなかったが、日本の1次リーグ3勝の快進撃を支えた。「どんな状況でも楽しめることはある。勝つのは楽しい」と当時話していた。出番がないのならと、手を抜くことは可能だ。しかし、北野高、慶大、東芝と主将を務めてきた広瀬さんは、常に正面から取り組む姿勢を崩さなかった。「南アフリカのような強い相手でも、どんな準備をして、どんな姿勢で試合に臨むかは自分で決められる。それを仲間たちに伝えます」。ジョーンズ監督が代表から外さなかった理由が、このあたりにありそうだ。

現役時代の広瀬俊朗さん

真剣に覚えた台詞

 その姿勢が、さらに生きたのがTBSのテレビドラマ「ノーサイド・ゲーム」(2019年7月~9月)に出演したときだ。広瀬さんは、往年の日本代表のスタンドオフながら選手としては晩年に差し掛かったチームの中心という重要な人物。「俳優ではない登場人物の中で、僕の台詞が一番多かった。親和性のある役だったので、あまり演技はしていませんが、台詞だけは真剣に覚えた。この役を僕が覚悟を持ってやることで、ほかの出演者(多くのラグビー選手)も中途半端にできないと感じたはず」と振り返る。ラグビーの試合そのものだ。

 このドラマの果たした役割は大きく、放送直後に開幕した19年W杯日本大会は、日本の初のベスト8という躍進と相まって、空前のラグビーブームを巻き起こした。選手の知名度は一気に上がり、チームの一体感を表す「ワンチーム」は流行語になった。

引退後にMBA取得

 広瀬さん自身も一躍有名人になり、ラグビーを代表する著名人として活躍している。しかし、現役引退後にMBA(経営学修士)を取得するなど、広瀬さんの歩みは着実だ。コロナ禍で進学や就職で次をアピールできない選手をサポートする「スポーツを止めるな」の支援や、選手が蓄積してきた健康維持、食生活の工夫といった知識を、自治体や各種団体と連携させる事業の取り組みを模索している。

 W杯での日本代表の活躍もあり、ラグビー界はこの10年で大きく変わったという。「世の中のラグビーの認知度は高まりました。これから大事なのは、7人制ラグビーや車いすラグビー、視覚障がい者のブラインドラグビーなど、いろいろなラグビーがあるので、誰一人取り残さないで、誰もが楽しめる環境をつくり上げることです」と話した。ラグビーへの熱い思いは不変だ。

 この対談の模様は住友生命ホームページで視聴できる

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