パラアスリートの鉄人は「哲人」でもあった! 弘前で共生社会の“種”まくパラ柔道ブラジル選手団

青森県弘前市で4度目の強化合宿をした視覚障がい者柔道ブラジル代表選手団ら=青森県弘前市、2019年7月9日
青森県弘前市で4度目の強化合宿をした視覚障がい者柔道ブラジル代表選手団ら=青森県弘前市、2019年7月9日

 7月9日早朝、眠い目をこすりながら厚い生地の遮光カーテンを開くと、窓越しに朝日のように爽やかな岩木山が見える。さすがは“津軽富士”と呼ばれる青森県最高峰の麗容、宿泊した弘前駅前のホテルがこの眺望を誇る部屋を「岩木山側」と明記するのもうなずける。

 午前7時すぎ、朝食のビュッフェ会場に行く。すでにかなりの人だかり。新鮮な野菜を手始めに、郷土色豊かなほたてとリンゴの炊き込みご飯と、シェフ焼きたてがありがたい卵焼きなどを適当に見繕い、窓側の席に着く。

 温かい味噌汁をすすり、何とはなしに周囲を見る。朝から商談めいた会話を交わすビジネスマン風のグループや、仲良く観光旅行らしい品の良い高齢のご夫妻、テーブルの周りではしゃぐ子どもをたしなめる若い夫婦などがいる。右後方にはおろそいのジャージ姿の若い女性4人組。

 老若男女、さまざまな人々の多様な人生模様が一つのホテルで“交差”している。この多様な人生模様の交差から始まる「物語形式」は、戦前の米映画の名をとって「グランド・ホテル形式」といわれるそうだが、現代日本でも石ノ森章太郎の漫画「HOTEL」や木村拓哉主演の映画『マスカレード・ホテル』など数え上げればキリがないほど映画、小説、漫画などに繰り返し採用され、消費されている。

 これは、物語展開の単なる“便法”を超えて、人生は画一的ではなく多様であり、島倉千代子のヒット曲のように「人生いろいろ」と、多くの人が暗黙の前提にしているからこその現象ではないか―。そんな他愛ない考えをめぐらし、飲み干したブラックコーヒーのカップを置き、席を立つ。

 ジャージ姿の女性四人組はすでに席を立ったようだ。そういえば、野菜を取るため並んだ列の中にもおそろいのジャージ姿の外国人が何人かいた。いやにジャージ姿が多い。近くで国際的なスポーツ大会でもやっているのだろうか。エレベーターの中でもこれまたおそろいのジャージ姿の外国人女性2人と一緒になった。1人は髪を後ろで束ねたポニーテールの若い女性。

弘前大学武道場で稽古する2016年リオパラリンピック銀メダリストのアラナ・マルドナード選手
弘前大学武道場で稽古する2016年リオパラリンピック銀メダリストのアラナ・マルドナード選手

 この女性が2016年リオパラリンピックの視覚障がい者柔道で銀メダルを獲得したブラジル代表のアラナ・マルドナード選手(23)であることを知ったのは、この日の午後訪ねた弘前大学武道場で稽古に励む彼女のりりしい柔道着姿を見た時だった。

●6大会連続メダルのパラ柔道界の“鉄人”

1996年の米アトランタ大会からパラリンピック6大会連続メダル獲得の、パラ柔道界の“鉄人”アントニオ・テノーリョ・シルバ選手=弘前大学武道場
1996年の米アトランタ大会からパラリンピック6大会連続メダル獲得の、パラ柔道界の“鉄人”アントニオ・テノーリョ・シルバ選手=弘前大学武道場

 アラナ選手や6大会連続メダルを獲得(金4個、銀銅各1個)している“鉄人”アントニオ・テノーリョ・シルバ選手(48)ら視覚障がい者柔道のブラジル代表選手団と、弘前大学柔道部との合同稽古は午後4時に始まった。コーチ2人を含めた計11人の選手団は7月8日に弘前市入りして21日まで強化合宿をした。

 9日は弘前入りしてから2日目にもかかわらず、9人の選手(男5人女4人)は疲れも見せずに健常者の大学生や高校生相手に一心不乱に乱取り稽古を繰り返す。武道場の大きな窓から選手たちの頭上に降り注ぐ陽光がまぶしい。稽古に集中する無心の選手たちを祝福しているようで神々しい気分にとらわれる。

降り注ぐ陽光の下で稽古に励むヘベッカ・ソウザ選手(18、右
降り注ぐ陽光の下で稽古に励むヘベッカ・ソウザ選手(18、右

 弘前大学柔道部の高橋俊哉監督(56)=同大教育学部准教授=の了解を得て、選手のすぐそばで写真を撮る。荒い息遣いや道着の衣擦れ音を間近で聞く。選手の俊敏な動きの“風圧”を感じる。無心でシャッターを押しながら、目の不自由な選手が「見ている景色」を想像する。短いインターバル。武道場の壁に手をついた選手の両肩が大きく揺れている。

 視覚障がい者柔道の試合はお互いに組んでから始まる。そういうルールだ。そのほかは一般の柔道と何ら変わらない。組み手から始まる分、技の掛け合いは激しくなる。高橋監督は「組み手争いがない分、ダイレクトな技の応酬となる。技を掛ける回数も一般の柔道より多くなる」とパラ柔道の特徴を明快に説明する。

 ブラジル選手と稽古する学生の中に女性がいる。よく見ると朝のビュッフェ会場にいた女性4人組だ。全員、仙台大学の柔道部員。パラ柔道選手との稽古を志願して今回参加した。4人は男女問わずブラジル人選手全員と組む。なかなか思い通りの技は決まらない。

 4人のうちの1人、青森県八戸市で7月7日開かれた「全日本ジュニア柔道体重別選手権大会東北予選」70キロ級で優勝した遠藤沙季さん(20)=3年生=は「パラ柔道家と組みたかった。予想以上に強い。パワーがあり、一瞬の隙を突いて決めにくる迫力はすごい」と肌で感じたアラナ選手らの実力を率直に語る。

目の不自由なヘベッカ・ソウザ選手(左)に手を握らせて休憩場所まで案内する遠藤沙季さん
目の不自由なヘベッカ・ソウザ選手(左)に手を握らせて休憩場所まで案内する遠藤沙季さん

 鉄人アントニオ選手(48)と稽古した弘前高校2年の坪田涼聖さん(17)は息を弾ませながら言う。

 「強かった。こちらの動きのパターンを読まれている。フェイントを入れても対応されてしまう。動作音や組み手の触感から感覚鋭くこちらの動きをつかんでいる。パラ柔道家と初めて戦ったが、貴重な経験になった」

稽古中にお互いの頭が衝突してしまい、声を掛け合うアーリィ・ダーミョ・フェレイラ・アルダ選手(40、右)と坪田涼聖さん
稽古中にお互いの頭が衝突してしまい、声を掛け合うアーリィ・ダーミョ・フェレイラ・アルダ選手(40、右)と坪田涼聖さん

 弘前大柔道部の永澤柊生選手(18)=同大理工学部1年=は「柔道を良く知っている。柔道がうまい」と試合巧者ぶりに舌を巻く。

アントニオ選手(右)の胸を借りる永澤柊生選手
アントニオ選手(右)の胸を借りる永澤柊生選手

 高橋監督は、3回目の合同稽古参加となるアントニオ選手について「来年の本番に向け体が絞れている。相手に反応する感覚が年々鋭くなっている。彼が、見えない相手の動きをどう捉えるのか興味は尽きない」と鉄人の強さの“秘密”に関心を寄せる。

 

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