上を向いて月を見よ! クリエイターの“卵たち”を「育成事業」で支援

実技審査で描いた絵を紹介する門脇さん=東京都港区

 昭和の名歌「夏の思い出」ではないが、夏が来れば思い出すもの―は何だろう。この歌の「はるかな尾瀬 遠い空」だろうか、それとも炎天下で白球を追う甲子園球児、あるいは20万人以上の命を一瞬にして奪った「あの日」を思い原爆慰霊碑や平和記念像の前で祈りを捧げる広島、長崎の折り目正しい人々だろうか。 

 いまから33年前の夏、群馬県内の「はるかな尾瀬」から南に約100キロの同県御巣鷹山に日航ジャンボ機123便が墜落した(1985年8月12日)。死者520人、単独機としては世界最大の「飛行機事故」だ。 

 夏になると、自衛隊員に抱かれた少女が空高く舞い上がる救助シーンとともに、この大惨事を思い出す。事故で亡くなった歌手・坂本九さんの「上を向いて歩こう」や、あのころ「24時間テレビ」で毎夏放映されていた手塚治虫氏のアニメも事故と一緒に鮮やかに蘇る。あの年だけは、鳴きやまないセミの声が“悲鳴”に聞こえるような重苦しい夏だった。 

「上を向いて歩こう」の歌詞では、“夏の日”は「一人ぽっちの夜」に「にじんだ星をかぞえて」思い出す。深い精神の孤独が表現されている。この歌は1963年に全米ヒットチャート1位に輝いた「日本の有名なロックンロール」(忌野清志郎)でもある。国内外の多くの人々が口ずさむ普遍性と、誰もが自分一人に向けて書かれたと思える固有性を備えている。一人ぽっちの夜を過ごさぬ者など一人もいない。その人にだけ届くメッセージがこの歌にはある。 

 内面に激しい表現欲求を抱え世間の価値観とぶつかることが多い芸術家やアーティスト、クリエイターなら、さらに深い「孤独」に陥る夜があるはずだ。坂本九さんにも、売れない新人時代にそんな夜の一つや二つぐらいあっただろう。手塚治虫氏も当初、漫画に対する世間の偏見にさらされた。マンガの神様でさえ「天才の孤独」を感じたことは一度や二度ではないはずだ。 

 漫画家やアーティスト、クリエイターを目指し、創作と生活苦の壁にぶつかりながら過ごしている「無名の若者たち」にとって、一人ぽっちの夜は昔も今も“親しい友”だ。 

松谷
クリエイターを目指す若者への期待を述べる選考委員の手塚プロダクション社長・松谷さん

 そんな無名の若者たち48人が今年7月25日に東京ミッドタウン(東京港区)の一室に集まった。手塚治虫氏のマネージャーを務めた松谷孝征・手塚プロダクション社長らが見つめる中で、一斉に黙々と絵を描いている。ペンが紙にこすれる音など絵画制作の作業音だけが響く。部屋中を張り詰めた空気が覆う。 

 そこに人気漫画「神さまの言うとおり」の作画を担当する漫画家・藤村緋二(あけじ)氏がさっそうと姿を現す。憧れの漫画家に気づいたのか、数人の若者がペンを持つ手をとめ、藤村氏をちらりと見たが、すぐ制作に取りかかる。 

 それもそのはずだ。その会場では、上月財団(東京、上月景正理事長)が漫画家などクリエイターを目指す若者の中から支援対象者を絞り込む「クリエイター育成事業」の実技審査が行われていた。実技審査と面接でふるいにかけられ残ったものだけに助成金を交付する真剣勝負の真っ最中だった。 

実技審査で絵を描く若者。
実技審査で絵を描く若者。

 コナミホールディングスの配当金で運営されている上月財団が「クリエイター育成事業」を開始したのは2004年。家庭の経済事情などで世に出る前に埋もれてしまいがちな才能ある無名の若者を発掘、支援する目的で始めた。漫画家やイラストレーター、デジタルアーティストなどいわゆる「クリエイター」としてくくられる15~25歳ぐらいの若者を対象に、毎年およそ数百人の応募者の中から30人ほどを選び出し一人当たり年間60万円を交付してきた。 

 これまで助成した若者は延べ523人に上る。夢を実現し漫画家などプロデビューした者は16人を数えるという。 

プロを目指す若者たちにエールを送った漫画家の藤村氏
プロを目指す若者たちにエールを送った漫画家の藤村氏

 藤村氏もその一人。熊本県から漫画家を夢見て上京してきた修行時代に助成金のお世話になった。実技会場を訪れたとき「必死だった昔の自分を思い出した」という。厳しいプロの世界を闘い抜く決意を新たにしたに違いない。

助成対象者(左)に交付する「認定書」を読み上げる東尾選考委員長(右端)
助成対象者(左)に交付する「認定書」を読み上げる東尾選考委員長(右端)

 毎年助成対象者を選考するのは手塚プロダクション社長の松谷さんや上月財団専務理事の東尾公彦さん(選考委員長)ら選考委員。松谷さんは第1回目から選考委員を務める。 

 選考は、実技と面接。面接では“意欲”を審査する。漫画の神様のそばで過ごした“使徒”の一人である松谷さんの話を聞いて、クリエイターにとっての“意欲”とは、例えば漫画家になりたいという気持ちの強さだけではなく、体の内からこみ上げてくる使命感にも似た激しい創作、表現への情熱を伴うものだ、と知った。 

 松谷さんは、手塚作品の根底には「戦争の悲惨さ、平和の尊さ、あらゆる命の尊さを未来の子供たちに絶対に伝えたい、という手塚さんのものすごい思いがある」と指摘する。 

 手塚さんは、空襲を受けて人がぱたぱたと死に、馬や牛も焼け焦げ、焦土と化したまちの光景を戦時中見ている。戦争体験を直接題材にした作品も多く、宝塚音楽学校に通う美しい少女が空襲で人生を狂わされる作品を今でも覚えている。手塚さんはそういうとてつもない戦時中の経験を経て終戦を迎えた。手塚さんの前に、誰はばかることなく自由に漫画を書ける時代の扉が開いた。松谷さんは言う。 

 「漫画の表現能力の素晴らしさを最初につかんだのは手塚さんだと思う。文書でいくら書いたって、口でいくら説明したって、戦争の悲惨さ、平和の尊さを子供たちに伝えることは難しい。手塚さんは得意の漫画で、そのことを子供たちに伝えることを自らの義務みたいに思っていた」 

 24時間テレビの手塚アニメに夢中になり、「ブラック・ジャック」、「アドルフに告ぐ」、「ブッダ」、「きりひと賛歌」、「火の鳥」など偉大な手塚漫画をリアルタイムで享受し育った世代は今思うと幸せだった。今の時代の子供たちにもそう思える漫画家、アーティストが必ず生まれるはずだ。そう願わずにはいられない。 

 今年7月25日の審査を通過し、助成金を手にしたのは30人。その中に、3年連続で助成金を受け取ることが決まった東京藝術大4年の門脇康平さんがいる。漫画家希望の応募者が多い中にあっては数少ない「アニメーション映画の新しい表現」を模索する映画監督の卵だ。 

 すでに自主制作映画2作品を手掛けており、これまでの助成金は全額制作費に充てた。今回の助成金にバイトで稼ぐお金を加えて3作目を作る。「アニメはまだまだ表現可能な世界が広がっている。今生きているこの世界は思ったより良い場所だということをファンタジーの形式を借りて伝えていきたい」と語る。いつの時代にも新しい表現はある。助成金が門脇氏の志と制作の一端を支えている。 

 クリエイターを目指す若者は上を向いて歩こう。 

 涙がこぼれないようにするためだけではない。見上げれば闇夜に浮かぶ月がこちらを向いている。一人ぽっちの夜でも頭上には明るい月が輝いている。涙で濡れた瞳にもおぼろ月は現れる。名は体を表すというべきか、上月財団の「クリエイター育成事業」は、無名の若者の頭の“上”に輝く“月”のような存在なのだ。 

 だからクリエイターの“卵たち”は上を向いて月を見よ! 25歳まで門戸は開かれている。 


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