憲法とみやぎ人 草の根デモクラシーのバトンリレー

大和田 雅人著 ●200ページ ●河北新報出版センター(税別1500円)
大和田 雅人著 ●200ページ ●河北新報出版センター(税別1500円)

みやぎ人たちの出番

 「まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている」

 司馬遼太郎の「坂の上の雲」はこう始まる。明治国家は一朶(いちだ)の雲を見上げて駆け上がったが、ちょっと待った。それは一側面の見方だろう。

 一人一人が自由に生きる権利を求めた民衆のエネルギーがあって国は成り立った。本書の主人公は宮城県の出身者、しかもバトンリレーのように受け継がれた、というのが本書の趣旨である。「そんなことあるの」と思うかもしれない。まあ、少々の間、話にお付き合いいただきたい。

 仙台藩62万石の経済力をバックに藩校教育は盛んとなり、俊秀たちが机を並べた。戊辰戦争で敗北者となり、行き場を失った若者は官側の役人などにはならず、教育者や学者、ジャーナリストの道を選ぶ。

 折しも明治政府は富国強兵を急ぎ、国民の権利保障を後回しとしたために全国で自由民権運動が沸き起こった。なかなか憲法や国会をつくろうとしないことに業を煮やしたのである。ここでみやぎ人たちの出番となる。

 東京の山奥で50年前に発見された「五日市憲法」を起草したのが、藩校で学んでいた教育者の千葉卓三郎。明治憲法発布の8年前、三権分立などいまの日本国憲法を先取りした草案を農民とともに練り上げていた。

「けちな上昇志向は無縁」

 藩校の指導層は大槻一家だった。日本で初めての国語辞書「言海」を著した大槻文彦もそう。彼が初代校長を務めた宮城県尋常中学校(現仙台一高)に飛び抜けた秀才がいた。その名を吉野作造という。「政治の目的は民衆の利益、幸福にある」と普通選挙の実現を訴えた。

 リベラル政治家の小山東助、護憲政治家の内ケ崎作三郎、労働運動創始者の鈴木文治らと大正デモクラシーの花を咲かせていく。中学、旧制二高などで親友同士。政府や軍部の圧力に対し理論・活動両面で民本主義をリードする。

 やはり旧制二高卒で吉野の教えを受けた法学者に2人の「鈴木」がいる。戦後、鈴木安蔵は民間憲法草案を発表し、連合国軍総司令部(GHQ)はこれを参考に原案を作ったとされる。衆院議員になった鈴木義男は国会で原案を修正し、9条に「平和」の文言を、25条の生存権を書き加えさせた。

 本書に登場するのは18人。作家井上ひさしは平和憲法について執筆、俳優菅原文太は「弾はまだ残っとるがよ」と護憲を呼び掛けた。2人と生涯の友情を交わした憲法学者、樋口陽一はこう結ぶ。「けちな上昇志向など無縁。ゆったりとした宮城の風土が人材を輩出させ、日本の文化を豊かにしてくれた」

 憲法を横串で貫き、郷土を描く手法は見たことがないとは識者の過分な講評。憲法改正論議のさなか、民主主義の原点を見つめてもらえればありがたい。=敬称略

(河北新報出版センター 常務取締役出版部長 大和田 雅人)


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