ピアノと枕が出会った夜 新宿駅で レ・フルールのライブに熱狂

10696002385 1960年代の新宿を舞台にした寺山修司の長編小説「あゝ、荒野」(1966年)が映画化され、10月に公開される。主演は菅田将暉。時代設定は2021年に変わる。新宿の“いま”がきっと見えるはずだ。

 寺山の小説は若きボクサーの2人、肉体第一主義の新宿新次(菅田)とどもりに悩む赤面対人恐怖症のバリカン建二(ヤン・イクチュン)の「憎しみ“愛”」を、モダン・ジャズとデペイズマンの手法を用いて描いた傑作だ。モダン・ジャズの巨人のアドリブ演奏のような即興描写の疾走感で一気に読ませてしまう。

 アドリブ的描写の白眉はジョン・スチュアート・ミルの「自由論」で始まる第十三章の1。ごみ箱をあさる老犬、スポーツ紙を頭にのせ眠っているタクシー運転手、一人息子のために買った土産のミニカーの包みを手にぶら下げたまま電柱にもたれかかって眠っている酔っぱらい…など、夜明けの新宿が一瞬垣間見せる人間模様を映画の長回しのように綴っていく描写が素晴らしい。

 もう一つのデペイズマンは、寺山が自著によく引用したロートレアモンの「手術台の上のミシンとこうもり傘」の詩のように、「意外な出会い」が呼び覚ます「美的興奮」を狙ったシュールレアリスムの表現手法の一つ。絵画だと、チーズのように溶けた時計が枯れ木に垂れているダリの絵などが有名だ。

 凝り固まった感性を突き破る「美的揺さぶり」ともいえようか。日常の敷石を引っ剥がすと見えてくる「もう一つの世界」を、歌謡曲の一節や小説・詩のフレーズ、競馬新聞の出馬表、死亡診断書、ネオン看板などを小説に散りばめるデペイズマンの“異化作用”で、寺山は見せている。

 たとえば、小説の冒頭第1章に出てくる、屋根裏から見える、Yの文字だけがいつも遅れてつく「SUNTORY」のネオン看板。Yだけ遅れてつくのはなぜだろうか?――と考えるバリカン建二の独白は、ネオンの荒野にたたずむバリカンの孤独を伝えて余りある。

 2017年9月15~17日のJR新宿駅新南改札外。この3日間、寺山が見たら面白がりそうな、ピアノと“枕”が出会う、普段見慣れない異空間が突然、世界最大規模の乗降客数を誇る駅に出現した。

立川さん
ピアノのいすに“枕”がピアノを弾くイラストを描いた立川さん。

 ピアノはヤマハの「bシリーズ」。枕は新進気鋭の画家・立川恵一さんがピアノに描いたイラストのキャラクターmakuraだ。ヤマハが「LovePiano(ラブピアノ)」と銘打ち、JRの協力を得て、駅構内に誰もが自由に弾けるピアノを置いた。

 高速バスターミナルと直結する新宿駅新南口には雑多な人が行き交う。大きなスーツケースを引く若いカップルやスーツ姿のビジネスマン、都会で暮らす長男夫婦を久しぶりに訪ねる老夫婦、ベビーカーを押すシングルマザーなどがお互いを無視するように通り過ぎていく。

駅に置かれたカラフルなピアノを自由に弾く少女=JR新宿駅新南口改札前。
駅に置かれたカラフルなピアノを自由に弾く少女=JR新宿駅新南口改札前。

そこに突然流れるピアノの音色。先を急いでいる人々の足が止まる。音の出どころに目を向けると、「YAMAHA」のロゴの上にも枕が描かれているカラフルな「ペイントピアノ」の前に、小さな女の子がちょこんと座り、なめらかに鍵盤の上に指を滑らしている。これまでお互い無関係だった雑踏の人々が、小さな指が生み出す音色に一瞬耳を傾ける。「うまいですねえ」と、つかの間の隣人と言葉を交わす。

 ふだん駅では見慣れないピアノと枕の出現によって「もう一つの世界」がひょっこり顔を出し「肉声で話し合える場所へ到達する近道」が出現した。寺山はこの「近道」を目指してデペイズマンの手法を利用したと小説の「あとがき」に記している。

熱い演奏を見せるレ・フレール。
熱い演奏を見せるレ・フレール。

 9月16日の土曜の夜は、息の合った演奏で知られる兄弟ピアノデュオ「レ・フレール(Les Freres)」の特別ライブがあった。それぞれ個人でも活躍する兄・斎藤守也さんと弟・斎藤圭土さんが、この日は一つの椅子に座り、ものすごいスピードでお互いの腕を交差させたり、体を何度も入れ替えたりしながら、マーチやブギウギ、ロックなどの曲を披露。「カラフルなピアノのパワフルな演奏」(守也さん)と聴衆の拍手が交互に繰り返される中、ピアノを取り巻く人の数が増えていく。

 熱のこもった演奏を続ける兄弟は最後にアンコールに応えて、「幸せなら手をたたこう」「線路は続くよどこまでも」「聖者の行進」「アルプス一万尺」などのメドレーを軽やかに即興で演奏。馴染みのメロディーに小さな子どもは思わず歌詞を口ずさみ、大人たちは苦労を刻んだしわにその懐かしい響きを染み入らせるように聴いている。

 聴衆が去った後、演奏の余熱を小雨の混じった夜風が吹き払う。いままで聴衆に隠れて見えなかったピアノの背後を見上げると、いまやネオンからお株を奪ってしまったLEDの光が新宿の夜空に浮かび上がる。バリカン建二が屋根裏から見ていたYの文字だけいつも遅れてつく「SUNTORY」のネオン看板は、もうないだろう。

 新宿駅から山手線に乗れば線路はどこまでも続く。ヤマハは今回初めて試みた「ラブピアノ」イベントの継続を今後も検討していくそうだ。


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