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時計の針を少し戻すが、中国共産党は2021年7月1日、北京の天安門広場で創建100年を記念する祝賀大会を開いた。伝えられた祝賀大会の様子から、中国ウオッチャーの龍評氏は異変を感じた。その後の共産党長老らが集まる重要な会議「北戴河会議」から漏れ伝わる、孤独な習近平国家主席の今後を占った。(編集部)
厳しい雰囲気
中国共産党創建100周年を祝うイベントは盛大に行われたと中国のマスコミはこぞって取り上げた。
その時天安門の晴れ舞台に上がった習近平(しゅう・きんぺい)・党総書記(国家主席)をはじめ、ほぼ全員の顔に笑みはなかった。喜ぶべき場に喜色満面な人は皆無と言えるほど厳しい雰囲気に筆者は驚いた。
特に習氏とほぼ肩を並べて出てきた暗い表情の胡錦濤(こ・きんとう)・前国家主席や温家宝(おん・かほう)・前首相が座る位置などが話題になって、習政権にまつわるさまざまな臆測を呼んだ。
今回の中国共産党100周年記念行事は異例尽くしであった。主には前夜祭となった「偉大征程」というコンサートの席に現れるべき江沢民(こう・たくみん)・元国家主席、胡氏、温氏、朱鎔基(しゅ・ようき)・元首相ら重要人物が出席しなかったことだ。
7月1日のメインイベントに胡、温両氏が共に姿を現したが、2人が受けた待遇の差は大きかった。
習氏と肩を並べて入場した胡氏と違って、前国務院総理の温氏の待遇は極めてしょぼい感じだった。
当日のCCTVライブで名前を言われないだけではなく、放送された画面にも彼をアップにした映像はなかったのだ。無視されたと言っても過言ではない。このような扱いは偶然とは思えない。周知の通り温氏は薄熙来(はく・きらい)・元重慶市党委員会書記の逮捕に同意した重要決定を下した1人で、習政権をクーデターから守った功労者の1人と言えよう。
それにもかかわらず、中国共産党建党100周年の重要イベントの場で習政権は温氏を無視した。さらに、温氏の後ろに薄氏の弟を座らせて、茶の間を騒然とさせた。
暗に習氏を批判
一連のことは「温家宝に恥をかかせるためだ」と分析した知人の専門家さえいた。理由はこの前、温氏が亡き母親を回想した文章を通して、暗に習氏を批判したからだ。温氏をいじめるなら胡氏も同じように扱われると思うが、現場をみるとそうではなかった。習氏が尊敬の意を示した唯一の元指導者は胡氏であった。それは、なぜだろう?
国家指導者が変わったとき、胡氏は三つの恩恵を習氏に与えた。
一つは前述した薄氏のクーデターを打ち破ったことだ。もう一つは自分が「裸退(中国語で意味は高官や役人が退職後、いっさい役職に就かないこと)」を宣言し、老人が政治を干渉する伝統に終止符を打ったこと。そして、三つ目は政治局委員を9人から7人に変更したことに賛成し、習氏に権力を集中させたのであった。習氏はこれまで、3回も公の場で胡氏に感謝の言葉を述べて尊敬の意を表した。
このように振り返ると、習氏は胡氏の支持を得たと思われがちであるが、そうではない面もある。
胡氏が改革派で李克強(り・こくきょう)首相と同じく共産主義青年団(共青団)派に属したことを忘れてはならない。共青団派勢力の存在は、時として習氏が意図する独裁体制である「毛沢東(もう・たくとう)化」にブレーキをかけることができているのだ。
だから胡氏は習氏に感謝される身分であると同時に、弱い李首相の強い後ろ盾でもあった。祝賀大会で習氏と肩を並んで、天安門の晴れ舞台に現れた胡氏は李首相とともに共青団派の勢力の強さをアピールした効果もあるのだと中国政治専門家の知人が指摘した。
この意味からすると、毛氏のまねをしたくて中国政治の車輪を後ろ向きに加速したい習政権にとって、胡氏は嫌いでたまらない存在かもしれない。また時々李首相が公に習氏に反論を唱えたわけも少し理解できるようになるであろう。
交代した中央警衛局長
習氏は孤独な中国最高指導者だ。これは中国共産党建党100周年を祝う盛大な場で消えた皆の笑顔と現場に漂う厳しい雰囲気も物語っている。
この原稿を書くときに、中国中南海の安全を守る中央警衛局局長が新任されたと香港の「明報」が報道した。中央警衛局は中南海に住む中国政府の核心人物の警護を担う部署で、中国指導者にとって身の安全の要であった。かつて著名な政治闘争で「四人組」を逮捕したのも中央警衛局だったので常に政治闘争のカギを握る存在だ。
中央警衛局を完全にコントロールできた指導者こそ権力の座が安泰だと言えよう。だからそのトップは習氏が絶対的に信頼した人物にしなければならない。
しかし、今回の人事異動も数えて着任以来習氏は3回も局長を変えた。いかに彼は自分の身の安全に自信をもっていないことがうかがえる。それに今回は変更のタイミングも微妙なのである。
周知の通り、毎年8月中旬ぐらいに中国のトップおよび政治老人たちは必ず、河北省の避暑地「北戴河(ほくたいが)」で一堂に会する。そこで非公式的に政府に関する人事異動やこれまでの問題、今後の発展方向などを議論する。
今年の議題は極めて重要だ。来年、中国共産党第20回党大会が行われる予定で、7人政治委員の人事異動が行われる予定だ。すでに2期を務めた習氏はトップの座から降りるのか? 降りるなら誰に? その際、李氏は必ず更迭される。その後任は誰に担わせるのか?
一連の重要人事異動に向けて、すでに水面下でさまざまな勢力が激しくせめぎ合っている。トップの座に居座り続けるために習氏が党の規約を改正するまで布陣したが、孤独な彼は本当にそれを実現することができるのであろうか? 中央警衛局のトップが頻繁に更迭することを見てもそれはまだ未知数だ。
7月23日、習氏がチベットを視察したと国営通信新華社が突然報道したが同時に河南鄭州の大洪水で多くの民衆の命がなくなった。本来であれば習氏はすぐチベットの訪問を切り上げるか、また訪問中に見舞いのメッセージを出すべきである。
しかし大洪水の悲惨な状況が非公式的にたくさん流れたあと、習氏が笑みを浮かべたチベットでの視察の写真と報道が政府マスコミのトップを飾った。海外のマスコミなどは彼の行動を大いに批判し、洪水の悲惨さと彼が視察した写真を並べて風刺したツイートも多くみられた。習氏は独裁者だというイメージをさらに強くさせた。
このような事態も回避できない習政権は何を意味するのか。その政権に彼を恐れる側近はいるものの、信頼できる親友はいなかったことを示しているという気がしてならなかった。
秘密裏に行われた北戴河会議は終わった。それで行方をくらました政治局委員たちは再び報道されるようになった。微妙に習氏の任期に関するうわさも多く出てきた。
表の政府系マスコミは以前より習氏をはじめ政府の賛美に熱を上げていまの政権は安泰だと懸命にアピールし続けたが、知人の中国政治専門家は逆の見方を示している。
これら習氏をたたえる報道の頻度こそ頻繁だが、評価されるべき習政権の成果は乏しい。むしろ北戴河会議で習氏の敗北を意味していると彼はみている。
新型コロナ感染の再燃、中国の攻撃的な「戦狼(せんろう)外交」が招いた国際孤立などで長老たちが習氏をとがめる材料が豊富だからだ。
これまでに改憲までして習氏の終身制に道がつくられて、誰も来年の任期になっても彼はやめないと思ってきたが、いまになって習氏の任期に関して三つのシナリオがささやかれるようになった。
一つは彼がかつて江氏のように政権の座から降りて軍事委員会主席だけにとどまる。もう一つは胡錦濤式で権力を全部後任に渡す。三つ目は彼が思った通りにさらに5年間の続投をすることだ。
台湾の自由時報は北戴河会議のあと、習氏が部分的に退任する可能性が大きいと報道した。北京の立場に近い在米マスコミ「多維」は違う見方で報道した。8月11日、中国国務院が「法治政府建設実施綱要」を公表し、「2025年までに政府行為は全面的に法治の軌道にのせる」という文言があった。それは習氏が続投するシグナルだと「多維」が分析した。
香港の「南華早報」は北戴河会議政治闘争の激しさの一端を暴露した。なんと北戴河会議期間中に中国人民解放軍と外交部(外務省)が意見の違いで習氏に直訴したと報道した。
外交部の戦狼外交は諸外国の激しい抵抗に遭い、戦争的に結果を招くと軍側が嫌がって、戦狼外交を止めるようにと要望。解放軍はまた米国をはじめ、国際連合軍に対抗する力がないからだという。
これに対し外交部は習氏を喜ばせるために戦狼外交を続けるべきだと力説。両方譲る気がなく習氏に判断を求めたと報道された。「南華早報」はかつてアリババ集団系のマスコミで政府に強制的に奪われた新聞で、このような報道は現れてすぐまた消されたが、かえって報道の真実性がしめされた。
一連の報道から習氏が中央警衛局や軍のトップが頻繁に更迭される背景も理解できる気がした。
【筆者】
中国ウオッチャー
龍 評(りゅう・ひょう)
(KyodoWeekly10月4日号から転載)