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笑顔で真摯なアキノ前大統領

汗拭きタオルを手に、笑顔で投票を待つアキノ前大統領=2010年5月(筆者撮影)

 常に笑顔のイメージだった。その表情からくみ取れる優しさの裏には、ぶれない強さも垣間見えた。

 個人的には、分けへだてなく取材に対応してくれた真摯(しんし)な姿が、脳裏に焼き付いている。6月24日に死去したフィリピンのベニグノ・アキノ前大統領のことである。61歳だった。

 2010年5月に行われた大統領選。日刊まにら新聞で記者を務めていた私は、首都マニラから車で約3時間かけ、投票現場となったルソン島タルラック州の小学校に到着した。

 ところが、教室の窓側には名刺がびっしり貼られ、すでにフィリピンの報道陣に場所を「占拠」されていた。その光景を見た途端、撮影は難しくなるだろうと覚悟した。皆、前日から泊まり込みで撮影場所を確保していたのだ。

 うだるような暑い日だった。ポロシャツを着たアキノ氏が小学校に現れると、報道陣は、窓側にへばりつくように待機し、隙間がなくなった。仕方がないので入り口側にまわり、投票直前に並んでいるアキノ氏を写真に収めたが、投票時のカットは逃した。入り口からだと背中しか見えないからだ。

 現場で外国人の記者は私だけ。報道陣に取り囲まれたアキノ氏のそばには、親族や関係者が多数同行する中、なるべく近くのポジションをキープし、質問の機会をうかがった。一瞬だけ隙ができたところで一気に近づき、「日比関係の抱負」について尋ねると、こう返ってきた。

 「フィリピンにとって日本は1番の貿易相手国。投資誘致により、われわれの政治要綱である雇用創出を促進したい」

 アキノ氏死去のニュースを知り、この場面が思い出された。

 アキノ前大統領の父は1983年2月、マルコス独裁政権下で暗殺された。これを機に沸き上がった「ピープルパワー革命」を背景に、母が86年に大統領に就任し、民主主義の回復に尽力した。

 その母が2009年に死去すると、「アキノ人気」に背中を押される形で大統領になった。

 選挙公約で掲げた「汚職なければ貧困なし」を軸に、クリーンな政治を目指し、歴代政権から大きく改善した。経済成長は6%超えを維持し、政権転覆計画もなく、政情は安定した。

 一方、外交では、南シナ海の領有権問題における中国との緊張関係が最大の懸案事項となった。オランダ・ハーグの仲裁裁判所に提訴し、実効支配の拡大を強める中国の主張が認められない判決を得た。

 ところが、16年に発足したドゥテルテ現政権では、この判決が棚上げされ、中国による軍事拠点化が進んだ。フィリピンにとっての最大の貿易相手国も、中国に成り変わった。

 投票開場でタバコをくゆらせていたアキノ氏の姿が昨日のことのように思い出される。大統領選取材で駆け回っていたあの頃から約10年が経過したが、この間に拡大した中国の影響力に隔世の感を禁じ得ない。

 ノンフィクションライター 水谷 竹秀

 

(KyodoWeekly7月5日号から転載)

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