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「IQよりも大切なこと」 天才オードリー氏の生き方

 新型コロナウイルスに伴う、マスク不足をデジタル技術を駆使し解消した立役者として、日本だけではなく世界から注目を集める、台湾でIT政策を担当する唐鳳(とう・ほう、オードリー・タン)行政院政務委員。台湾在住10年のノンフィクションライターが約20時間のインタビューを基に、天才オードリー氏の生き方を探った「オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと」(ブックマン社)を刊行した。(編集部)

 

 

一人一人の心に

 

 どのようにしたら、彼女のような思考を持つことができるのか―それがオードリー氏に取材したいと思った出発点だった。

 私が、日本のYahoo!ニュースの特集記事〈国民が参加するからこそ、政治は前に進める―38歳の台湾「デジタル大臣」オードリー・タンに聞く〉(2019年12月公開)の執筆のため、彼女へのインタビューを行ったのは、2019年10月のことだった。

 取材を申請後、わずか2日後に「OK」の返事が来た。当初は2時間を予定していた取材時間も、彼女から1時間の延長を申し出てくれた。

 さらに、大臣としてのオフィスがある行政院(日本の内閣と各省庁を併せたものに相当)の購買部に行って撮影をしたいと頼むと、快諾するばかりか自分の財布からお金を出してお菓子を買い、「みんなで食べましょう」と誘ってくれた。なんて垣根のない人なんだろう、と心底驚いたのを今でもよく覚えている。

 この特集記事は公開されるとたちまちアクセス数が伸び、Yahoo!のトップページに掲載されるまでとなり、たくさんの反響を得ることができた。

 特に多かったコメントが、「オードリーさんのような方がデジタル大臣をしている台湾がうらやましい」「オードリーさんを入閣させた台湾社会が素晴らしい。日本では到底無理だ」という内容のものだった。

 それを受け、私は2020年4月に日本メディアへの寄稿の中で、こう書いている。

 「日本にもオードリー・タンはきっといる。肝心なのはそのような人材が、たとえ皆が思い描く政治家のイメージと幾(いく)ばくか違っていたとしても、より良い社会のためにその人物を起用できるかということだ」(インタビューで垣間見たオードリー・タンの素顔/2020年4月 ニッポンドットコム)

 この記事を読んだ方から「彼女の0・01%ぐらいかもしれないけど、いろんな人の力になれる小さなオードリー・タンでありたいと思う」という感想をいただき、ハッとした。自分ではない「誰か」を探すより、もし誰しもが心の中にオードリー・タンを宿すことができたなら。そんな人を社会に増やすことができたなら。社会がもっと居心地の良いものになると確信した。

 このような経緯から、人生初の著書のコンセプトが私の中で生まれた。

 「一人の天才を生むことは難しいが、一人一人の心に小さなオードリー・タンを宿そう」

 本を書くためにオードリーへのインタビューが始まった初日、このコンセプトでいきたいと率直に伝えると、彼女は「それは良い」とうなずき、こう言った。

 「これからあなたが本を出す前に、少なくとも二つの日本の出版社から私に関する本が出ます。どちらも私の過去の仕事を作品集のようにまとめ、通っていた幼稚園のことまで細かく書いてくれたものです。あなたの話を聞いていると、読者が社会改革や革新に参加できるようになってもらいたいという、“ソーシャル・イノベーション”がテーマである点が、それらの本と違うように思えます」

 とたんに、私がぼんやりとイメージしていた「自分の中に小さなオードリー・タンを宿す方法」のひとつが、彼女が今、台湾政府の中で推進している「ソーシャル・イノベーション」であると気付き、一気にこれから書くべきことのイメージの解像度が上がった。

オードリーと共に働くスタッフ。写真中央が秘書の1人・彭筱 氏。彼女は記者出身で、オードリーとは学生の頃に参加した「ひまわり学生運動」で知り合ったという。その左にいるのはオードリーの撮影を担当している簡孝樺氏

 

彼女の「生い立ち」

 

 彼女の人生をまとめる伝記ではなく、これまでの日々に彼女が何を思い、どのように考え、どう行動しているかについて考えてみたい。これが、政治ジャーナリストではなく生活者視点で物書きをしている私が、本書を書くにあたって大切にしたことである。

 そんなオードリーも、初めから今の彼女があったわけではない。

 天才的な頭脳、周囲とのあつれき、いじめ、登校拒否、中学中退、そして心と体の性が異なるトランスジェンダーのカミングアウト…。波乱と希望に満ちたオードリーの生い立ちは、台湾では多くのメディアからすでに報道し尽くされたものであり、そのほとんどが、母親の著書「成長戦争(著者:李雅卿、出版:商智文化事業公司 ※絶版)」に書かれたものをもとにしている。

 彼女の生い立ちを読んだ私は、日本でもたくさんの方に語り継がれていってほしいと思った。人や社会が抱える、解決の糸口が見えない悩みに光を差し込んでくれるはずだからだ。

 その一心で、「成長戦争」から一部を参照・引用しながら日本語に拙訳し、オードリー本人に改めて当時を振り返ってもらった。

 特に印象深かったのが、小学2年生の時に成績が突出した生徒が入る「ギフテッド・クラス」へ転入したオードリーが、クラスメートからこう言われるシーンだ。

 「なんでお前は死んでくれないの? お前が死んだら、僕が一番になれるのに」

 台湾ではまだこういったクラスが設立されたばかりで、学校側にノウハウがなかったことも災いし、生徒たちは互いに嫉妬し合い、争ってばかりいたという。これは、まさにそれを象徴するような発言だ。

 オードリーは当時を振り返り、悲しげに笑う。

 「私が転校した後、このクラスメートは本当に1位になったかもしれません。でもそれは、その子どもの学力が上がったわけではなく、1位がいなくなったというだけなんですよね」

 「でもこれは、その子が悪いわけではありません。7、8歳の子どもが生まれながらにして自分から好んでクラスメートをいじめたりするはずはないのです。これは構造の問題です。当時の教育は子どもたちを比較し、競争させるものでした。だから保護者たちも自分の子どもを他の子どもたちと比べる。最後に最もその影響を受けるのは、子どもたちなのです。私は小学2年生で半年間休学している間、この道理に気付きました」

 そしてその後、11歳のオードリーは、「台湾で教育改革をする」と両親に宣言している。

 「何か不快なことがあった時、それに対抗したり、逃げるといったことは生物の本能です。それが見るからに強大で、脅威を感じるものであれば、生物の主な反応は『戦うか、逃げるか』ですよね。ですがその他にも、『その環境を自ら変えに行き、未来にもう同じことが発生しないようにする』という新しい方法があります」

 入閣前の2015年、「中高学習指導要領」の大改訂で、オードリーは実際に台湾の教育改革に大きく貢献している。

「皆さんに長寿と繁栄を」と願うハンドサインのポーズをするオードリー(左)と筆者。行政院のオフィスにて=2020年9月4日撮影

 

創造的な解決法

 

 入閣したオードリーは、自ら自身のミッションを定義している。それが従来とは異なる創造的な解決法によって、社会問題や課題を解決する「ソーシャル・イノベーション」「若者の政治参加」「オープンガバメント(開かれた政府)」の三つだ。

 2018年に︿ソーシャル・イノベーション推進アクションプラン﹀という各省庁をまたいだ5年計画・総投資額88億元(約4400億円)という大規模計画を行政院内で通し、その呼び掛け人に就任。多くの時間をそこに費やしている。

 このプランでは、2015年に国連によって持続可能な開発目標(SDGs)として定められた17カテゴリー169項目の目標に合わせて、各省庁がそれぞれの目標を定めている。台湾は国連に加盟させてもらえていない状況にありながら、だ。

 例えば2021年からは〈コーポレートガバナンス3・0〉が実施され、一定の規模以上の上場企業は、SDGsの17の目標を社会に果たさなければならなくなる。縦割りの政府や、企業が個々にそれぞれの方法で果たしていた「CSR(企業の社会的責任)」が、SDGsという共通言語により連携し始めている。

 「価値観から人と知り合い、何かを一緒に創り出し、それによってまた、新しい人と知り合うのがソーシャル・イノベーションの根本的な考え方だ」と、オードリーは話す。

 「社会問題とは誰かが解決してくれるのを待っていたり、自分一人で解決しようとしても、永遠に一部分しか解決できません。異なる能力や角度で物事を見る人が、自分とは異なる部分の問題を解決できるのです。だからこそ、皆で分担して問題を解決するということが非常に大切です。解決方法をシェアしていくこともまた、とても大切です」

 こうした姿勢を〈オープン・イノベーション〉と呼び、この姿勢で社会問題の解決に当たることを〈ソーシャル・イノベーション〉という。

 日本人からよく聞かれる質問の一つが、「台湾には他にもオードリーさんのような方がいるのですか?」ということだ。

 本書で紹介する人々は、世代を問わず誰しもがオードリーのような行動を取っている。彼女1人がスーパーヒーローなのではなく、社会のそこかしこに彼女のような考えを持って行動する国民がいるのだ。

 だから本書では、できるだけオードリーの周辺にいる人々にも言及するように努めた。オードリーを政府に引き入れた前政権の女性閣僚ジャクリーン・ツァイ(蔡玉玲)、コロナ禍でマスクマップを開発した台南在住のハワード・ウー(吳展瑋)、シビックハッカー・コミュニティー〈g0v(ガヴ・ゼロ)〉発起人であるガオ・チャーリャン(高嘉良)ら3人にもインタビューを行った。2人の直属秘書や、専属の即時記録者シュエ・ヤーティン(薛雅 )も、写真付きで紹介している。

 本書を読み進めるうちに、オードリーが決して「台湾の若者たちの代表」ではないことが、お分かりいただけると思う。

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【筆者略歴】

 台湾在住ノンフィクションライター

 近藤 弥生子(こんどう・やえこ)さん

 1980年生まれ。明治学院大法学部卒。東京の出版社で雑誌やウェブ媒体の編集に携わったのち、2011年2月に台湾へ移住。現地デジタルマーケティング企業で約6年間、日本企業の台湾進出をサポートする。2019年に独立して日本語・繁体字中国語でのコンテンツ制作を行う草月藤編集有限公司を設立。

 「Yahoo!ニュース 特集」「週刊文春WOMAN」「東洋経済オンライン」「ニューズウィーク日本版」など寄稿多数。雑誌「&Premium」「Pen」では台湾カルチャーについて連載中。ブログ「心跳台湾」にも、台湾での暮らし、流行、子育て、仕事のことなど台湾の「いま」がわかる情報を執筆している。 

 

(KyodoWeekly2月22日号から転載)

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