「フィリピン国家警察に『冤罪(えんざい)』で逮捕」
先日、こんな見出しのニュースが目に飛び込んで来た。
逮捕されたのは中村治久氏(55)という、セクシーアイドルグループの生みの親で、容疑は麻薬所持。その後、裁判所で無罪判決が出たが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、日本には帰国できず、困窮生活を送っているというのだ。
現地の邦字紙「日刊まにら新聞」が入手した判決文によると、中村氏は2018年6月、マニラのコンドミニアムの一室で、若い女性から覚せい剤約1グラムを買い取り、知人の女性の指示で別の袋に移し替え、ズボンのポケットに入れたところを、警察に取り押さえられた。
しかし、押収された覚醒剤などの証拠品の確認手続きに不備があったとして無罪になった。
話はこれだけにとどまらない。実は中村氏が逮捕された際、高級腕時計や現金などを警察に奪われ、総額約500万円の被害に遭ったというのだ。
日本の常識では考えられない展開だが、まにら新聞で警察取材に明け暮れていた私には、大した驚きはなかった。それを裏付けるエピソードを紹介したい。
一つ目は、今から15年ほど前、観光客の日本人男性が、宿泊先の高級ホテルで、従業員から現金などを奪われた窃盗事件。男性は、警察に被害を届け出たのだが、その際に捜査員から「手数料」名目で現金を要求された。日本円にして3千円ほど。
フィリピンで被害届を出す際に手数料を支払うなどという規則は聞いたことがないから、額の多寡の問題ではない。現金を受け取った捜査員は、そっと机の中に忍ばせた。その現場を目撃した私は本来、記者という立場上、不正を告発すべきだが、捜査員がネタ元なので「黙殺」するしかなかった。
二つ目は、マニラの路上で未明、日本人男性がオートバイに乗車中に射殺された事件。犯人は逃走し、捜査が難航する中、捜査員の1人が私に対してこんな要求を口にした。
「被害者が乗っていたオートバイの写真をパソコンで加工し、血痕をつけてほしい」
それを証拠に、犯人をでっちあげたいというのだ。丁重に断ったが、この時ばかりは開いた口がふさがらなかった。
フィリピン国家警察の名誉のために言っておくが、真面目に働く警察官ももちろん存在する。そしてこの腐敗体質には原因がある。
第一に警察官の給与が低い。次に現場までのガソリン代を自己負担するなど捜査費用が不十分なことだ。この待遇面の問題が、公権力を利用した汚職に結びつくのだが、これはもはや「文化」と言ってもよいほどに染み付いている。
だから容易には改善できないが、5年前に発足したドゥテルテ政権は、麻薬撲滅戦争をはじめとする厳しい取り締まりを断行した。これに伴って汚職も少しは減るのかと思いきや、冒頭の中村氏の事件にみられる警察の対応ぶりに、その期待は見事に裏切られた。
ノンフィクションライター 水谷 竹秀
(KyodoWeekly2月8日号から転載)