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米中の角逐に巻き込まれる台湾 消える「海峡中間線」

 中国が台湾周辺での軍事行動を活発化させている。台湾統一という国家目標の達成に向けた強硬姿勢が、国際社会の大きな懸念材料の一つだ。中国、台湾での取材経験豊かな野嶋剛氏に、何が起きているのか、解説してもらった。(編集部)

 

 中国と台湾を隔てる台湾海峡は、日本からアジアを経てヨローロッパに向かう航路でもあり、19世紀に米ペリー総督も黒船に乗ってここを航海して日本にやってきた。1996年の台湾海峡危機で中国が台湾の総統選挙に「抗議」するため、台湾近海にミサイルを撃ち込んで圧力をかけた時は、米国は空母2隻を派遣し海峡を遊弋(ゆうよく)させて中国の動きを封じた。

 興味深い歴史にあふれた台湾海峡も実はそれほど広い幅があるわけではなく、台湾の西岸にある新竹から対岸の中国・福建省までは最短距離でわずか130キロ。東京から静岡・沼津あたりまで、というぐらいの近さである。

 その台湾海峡のほぼ真ん中に、目に見えない1本の線が南北に引かれていた。それを台湾海峡中間線という。中国や台湾では「海峡中線」と呼ばれている。共産党と国民党がにらみ合い、軍火を交えていた1950年代、制海権と制空権を握っていた米国の主導で設けられたものだ。当時の米空軍高官の名前にちなんで「デヴィスライン」ともいった。

 

分断状態を固定化

 

 米国と台湾はそのころ同盟関係にあり、台湾を守るために中国の侵攻をここで食い止める、という米国の意図で引かれた線だったが、一方で、台湾の蒋介石による大陸反攻作戦を行わせないという裏の狙いもあったとされる。中台の分断状態を固定化する役割を担っており、朝鮮半島の38度線と似たようなものと言えなくもない。違いといえば、線が目に見えないもので、双方の歩哨(ほしょう)も国旗も立っていないということぐらいだった。

 台湾と米国が断交し、中国と米国が国交を結んだあとも、中間線は基本的にうまく機能してきた。台湾側が何かおかしな動きを見せたと中国側が感じたときは、デモンストレーションとして中国軍機が中間線を越えることはあったがあくまで散発的なものだった。

 それが、今年に入って、中国軍機による中間線の侵犯はすでに50回に達しているとされる。圧倒的に過去最多の回数で台湾空軍はその度に緊急発信(スクランブル)に追われ、台湾社会は緊張に包まれる。もはや、中間線が消えかけているようにすら思える。

 台湾海峡でいま何が起きているのか。

 「新冷戦」と呼ばれる米中対立は、中国企業ファーウェイやTikTok(ティックトック)の規制など経済問題で火花を散らしているが、この台湾海峡がもう一つの最前線といえるかもしれない。

 台湾問題を中国は「核心的問題」と位置づけ、「米中関係でもっとも重要な問題」としている。その象徴の台湾海峡の安定が不確実さを増し、10月31日には、台湾の蔡英文総統が「さまざまな事態を想定し、万全の準備をしてほしい」と国民に呼びかけるところまできている。

 台湾問題の怖さは、ちょっとした手違いや誤解で、一気に事態が緊迫するリスクがあるところだ。偶発的でも戦闘が起きれば、台湾のすぐ北にある尖閣諸島へも飛び火しかねない。台湾海峡は日本の死活問題であるエネルギー輸送の海上交通路(シーレーン)でもある。台湾海峡情勢に対して、もう少し日本国内のアンテナが向けられていてもいいだろう。それぐらい、この数カ月、この海峡の波は荒れに荒れている。

 航空戦では「戦爆連合」という敵地攻撃方法がある。戦闘機と爆撃機が一体に行動する混成部隊のことで、強力な対地攻撃を可能にする。

 戦闘機単独の威嚇行為よりははるかに重い実戦的な軍事行動だ。中国軍機による戦爆連合が、この夏以来、台湾接近を繰り返している。

 9月18日には、この戦爆連合が台湾北部の東シナ海と南部のバシー海峡の二つの空域に中間線を越えて異常接近し、台湾の国防部が緊急記者会見を開くほどの騒ぎになった。

 この二つの空域への接近はそれぞれ違う意味を持つ。台湾北部は、人口600万人を抱える台北都市圏がある。戦闘機によって援護された爆撃機により、台北の首都機能が壊滅させられる恐怖によって、中国に非友好的な台北の政治家たち~民進党の蔡英文政権~に圧力をかけ、民衆の心理も揺さぶろうという狙いがある。

台湾の国防部(国防省)提供の地図を基に筆者が加工

焦点となる東沙

 

 一方、バシー海峡への接近には別の意図がある。それは、台湾が実効支配する南シナ海の小さな離島「東沙(プラタス)諸島」への台湾支援の遮断を目指した軍事訓練である。

 最近、中台関係の「発火点」として注目されるのがこの東沙諸島だ。過去、南シナ海では、中国がフィリピンなどと領有を争う南沙(スプラトリー)諸島や、中国とベトナムと領有を争う西沙(パラセル)諸島が注目されてきたが、突如、東沙諸島にスポットライトが当たっている。

 歴史的に東沙諸島は中国の漁民の立ち寄り先であったが、アホウドリの捕獲などを求めた日本人企業家・西澤吉次という人物が明治期に台湾から船団を率いて島に渡って工場などを作った。

 島は西澤島と呼ばれるなど一躍有名になったが、清朝の反発を招いた。明治政府も絡んだ交渉の末、西澤は撤退させられ、東沙諸島は中国の支配下に置かれた。国民党が台湾に撤退した後も東沙諸島の支配権は確保したままになった。

 東沙諸島の地理的特色は非常に絶妙な場所にあるところだ。台湾からは400キロ、中国の広東省からは300キロ。中国が占領部隊を広東省や海南島から出航させれば、台湾の軍船より早く到着してしまう。

 島駐留の台湾守備隊の数も少なく、占領はたやすい。あとは中国にとって台湾からの空援阻止が占領成功のポイントとなる。バシー海峡で空と海の封鎖を実行してしまえば、台湾の奪還作戦はほぼ不可能になる。米国も、台湾本島ならまだしも、住民のいない東沙諸島の占領をもって中国へ報復攻撃を仕掛けることはしないだろう。国際社会の批判も限定的にとどめられる。

 中国では、確実視されている習近平政権の3選が決まる2022年秋の党大会が近づいている。それに際しては「レジェンド」を引っさげての習近平英雄化が必要になる。

 だが、台湾問題は、習近平体制になっていいところがない。2014年のヒマワリ学生運動で中台サービス貿易協定が否定され、親中的な馬英九・国民党政権は政権の座を追われた。台湾にも適用される「一国二制度」が昨今の香港情勢の悪化で台湾でもすっかり信用を失った。

 かつての胡錦濤、江沢民政権であったら、柔軟なアプローチで台湾を籠絡(ろうらく)する方法を選んだかもしれない。だが、大国のメンツを重んじる習近平は力を誇示することを好む。小さいとはいえ東沙諸島の「奪還」は中国悲願の台湾統一に一歩前進とアピールもできる。

 

消える楽観ムード

 

 中国は今年4月、東沙諸島への上陸を想定した演習も行なっている。独立志向を強め、中国との対話から遠ざかる蔡英文政権への「懲罰」として東沙を奪還することは、相対的にリスクが少なく、メリットの多い選択肢であることに、誰もが気が付いている。

 それにしても、台湾の人々は、ここ数年、ジェットコースターに乗っているような気持ちではないだろうか。2018年までは、現職の蔡英文総統の不人気が極まっていた。ところが、2019年に香港問題で中国批判を強めたスタンスが世論から歓迎され、V字回復を果たして2020年1月の総統選では歴史的な圧勝。その勢いをかって新型コロナウイルス対策では見事に感染を封じ込め、世界から賞賛され、蔡英文人気は絶頂に達した。

 だが、いまの台湾には、そうした楽観ムードは消えてしまった。もちろん世論調査で台湾の人々は「中国が攻めてくれば戦い抜く」という勇ましい声が支配的だ。

 一方で、できることなら経済関係の深い中国とは安心できる関係を築きたいのも確かである。この間も、台湾空軍は頻繁に中間線に近づき、越えてくる中国軍機への対応で息をつく間もなくスクランブルを強いられ、コストも肥大化し、パイロットの疲労も重なっている。こうなると、操縦ミスによる偶発的な機体の接触や事故の恐れも増してくる。

 考えてみると、中国もかつては尖閣諸島の領有権を主張しながら、島の領海まで公船を入れることはなかった。

 しかし、昨今は領海や接続海域にどんどん入りこみ、常態化させている。中国の王毅外相が12月の訪日時に行なった尖閣諸島に対する強硬発言はこうした「常態化」の積み重ねの末にあるものだ。中国の「中間線越え」もこの半年間常態化しており、中国外交部は「中間線は存在しない」と公言するようになっている。

 

急接近した米台

 

 米中角逐(かくちく)のどさくさに、これまで中国が黙認してきた中間線の抑止力を反故(ほご)にする狙いも込められている可能性は高い。

 台湾もなかなか辛いところがある。台湾の後ろ盾はなんといっても米国。世界で武器を台湾に売ってくれる国はいま米国しかない。米国には「台湾関係法」があり、台湾の安全に米国はコミットする保証もある。

 その米国は、トランプ政権の最後の1年、台湾に急接近した。それは、はっきりいえば、米中新冷戦における将棋の駒として、台湾の利用価値を米国が再認識したからだった。

 コロナ対策では米台協力覚書を交わし、8月にはアザー厚生長官、9月にはクラック国務次官が訪台。米台経済対話も5年の計画で11月に始まった。米軍幹部の訪問も相次ぐ。高性能無人攻撃機、沿岸防衛巡航ミサイル、空対地ミサイル、高機動ロケット砲システムなど、台湾への武器売却の決定も慌ただしく続いている。

 その蜜月ぶりは、過去に記憶がないレベルのものだ。いったんは断交によって失われた米台の同盟関係を事実上復活させ、台湾を新冷戦における対中不沈空母化しようとしているのではないか―。そんな疑念を中国が抱き、攻撃的な姿勢で米台接近を強くけん制したくなるのも不思議ではない。

 しばしば見落とされがちだが、中国と台湾はいまも半ば戦争状態にある。すでに実際の戦闘は1960年代から起きていないが、平和協定や平和宣言は行われていない。そして、中国はあくまでも武力行使を排除せずに、統一に固執している。通常、国と国との関係では「戦争」が起きれば国際人道法などで民衆の安全なども保証されるが、中台関係の場合は台湾の国際承認が不足していることもあって「内戦」扱いになり、国際人道法の適用も怪しくなる。台湾の人々は極めて不安定な状態に置かれているのだ。

 そうであるからこそ、台湾社会は国際環境の変化や中国の動向に敏感なアンテナを張っている。台湾に好意的だったトランプ政権の来年1月の退場が確定的になる中、不透明感はさら強まった。彼らは口々に「2021年は危ないかもしれない」とうわさしている。

 その不安が的中するかどうか。消えゆく中間線という現実を突きつけられた台湾海峡からは、しばらく目が離せそうにない。(敬称略)

【筆者略歴】

野嶋 剛(のじま・つよし)

ジャーナリスト、大東文化大社会学部特任教授。元朝日新聞台北支局長。1968年生まれ。上智大新聞学科卒。近著に、「なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか」(扶桑社新書)、「香港とは何か」(ちくま新書)

 

(KyodoWeekly12月21日号から転載)

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