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香港は、終わってしまうのか 迫る国家安全維持法の脅威

 香港での反政府活動を取り締まる、国家安全維持法(国安法)が6月30日に施行された。「一国二制度」で50年間保障されたはずの高度な自治が否定されたとの懸念が世界中に広がった。香港は終わってしまうのか? 香港、台湾などの取材経験が豊富なジャーナリスト・野嶋剛氏に最新情勢を報告してもらった。(編集部)

デモ隊が掲げた「香港人加油(香港人がんばれ)」の横断幕=2019年6月、香港島(筆者撮影)

トランプ勝利を願う人々

 

 大激戦となった米大統領選挙を、香港社会はじっと注視していた。それは、共和党の現職トランプ大統領の勝利を願う者が、香港ではことのほか、多かったからだ。ヨーロッパほどではないにせよ、トランプのイメージがそこまで良好とはいえないアジアのなかで、香港のトランプびいきは、お隣の台湾と並んで際立っていた。

 その理由は明確である。トランプが民主党の候補バイデンよりも「stand by HongKong」、つまり、香港と共に中国に立ち向かってくれる可能性が高いからだ。

 しかし、11月7日、激戦区のペンシルベニア州などで勝利を確実にしたバイデンが勝利宣言を行った。バイデンは中国にトランプより融和的な態度を取るとの見方も広がっており、香港のネットではトランプの敗北を嘆く声が上がり、香港の民主化グループの進む道は大きな岐路に立たされることになった。

 中国に対して、香港の普通選挙の実現などを求めている香港の活動家たちは、香港自体の小ささと限界を熟知しており、その分、国際社会を味方につけることに注力してきた。「自由」「民主」「人権」といった普遍的価値をアピールし、香港の味方を作っていくスタイルで、彼らはその試みを担う部分を「国際線」と呼んでいた。

 日本語では国際フライトのように思えてしまうが、中国語では「国際戦線」という意味になる。「国際線」が特に脚光を集めるようになったのが、2019年の逃亡犯条例改正反対デモが動きだした後だった。

 「国際線」の強化には一つの狙いが込められていた。それを象徴する現地広東語の流行語が「攬炒」(死なばもろとも)だ。原意は「一つの鍋でまとめてごった煮すること」なのだが、いつの間にか運動のキーワードになった。ワシントンも北京もロンドンも巻き込んで、香港問題を国際社会の焦点にさせ、中国に譲歩を迫る圧力にしようという瀬戸際戦略ともいえる発想だった。

 そしてそれは、成功したかにみえた―。

 

国家安全維持法の脅威

 

 2019年、激化するデモに刺激された米国は、対中制裁を可能とする香港自治法や香港人権・民主主義法を相次いで成立させ、香港の行政長官・キャリー・ラム(林鄭月娥)ら高官を制裁対象に加えるなど圧力をかけた。旧宗主国の英国も、「一国二制度」による「高度な自治」を保障する1984年の中英共同声明を踏みにじるような中国の行動を、あからさまに批判するようになった。

 こうした動きに危機感を高めた中国は「国際線」をつぶしにかかった。今年7月に導入された国家安全維持法(国安法)によって、香港では、運動に関わった若者たちが続々と指名手配、逮捕されている。その中には米国在住で米議会へのロビー活動で引っ張ってきた「香港民主委員会」の朱牧民さんや、高い知名度を生かして日本世論にも影響を与えていたアグネス・チョウ(周庭)さんも含まれていた。

 朱牧民さんは米国在住歴30年の米国市民権を持つ人物だが、それでも同法の手配対象になるのは、国安法38条に外国での同法に反する行為が処罰対象になるとの条文があるからだ。

 周庭さんが逮捕された案件は、日本のメディアに香港から運動の主張を伝える広告を出すことに関わった容疑だと見られている。国安法の適用範囲や解釈は柔軟に運用されており、いったん狙いをつけられたらその網から逃れることは非常に難しいとみられている。

 

民主派、本土派、独立派

 

 これまで香港で抗議デモをけん引してきたのは主に10代から20代の若者たちだ。彼らはいま「香港独立派(港独)」として、当局から目の敵にされている。国安法のもとでは「香港独立」の文字が入ったチラシを持っているだけで摘発対象になっている。常識から考えれば、独立を中国が許すはずはない。それでも、彼らは独立を唱え続けてきた。

 もともと香港人は政治に関心が薄く、「経済動物(エコノミック・アニマル)」を自認するほど経済的成功を重視してきた。その香港人が政治にここまで熱意を持つに至った背景には、香港に対する中国の姿勢が変わったことが、彼らを覚醒させたということに尽きるだろう。

 そもそも一つの国家に資本主義と社会主義の二つのシステムを認める「一国二制度」は、導入された当時、貧しくて遅れた中国が、豊かで進んだ香港とタッグを組むための苦肉の策という側面が大きかった。

 中国の改革開放政策の初期ロケットとするために、当時の鄧小平を中心とする指導部は香港の財、人、技術の取り込みが不可欠だと判断していた。しかし、かつて共産党を恐れて香港に逃げ込んだ経験を持つ香港の人たちは中国に対して、ぬぐいがたい恐れがある。そこで中国と香港を区別する「一国二制度」を自ら提案することで、香港人を安心させ、改革開放路線の先導者の役割を香港に果たさせた。そして、それは大きな成功を収めてきた。

民主化や自由への願いを無数の人々が書き込んだ張り紙であふれる「レノン・ウォール」=2019年7月、香港・新界で(筆者撮影)

「井戸水は河水を犯さない」

 

 こうした香港活用術について、「改革開放の総設計師」と呼ばれた鄧小平は「白猫でも黒猫でもネズミを捕るのが良い猫だ」という白猫黒猫論を引用して、香港の資本主義を肯定した。

 鄧小平の後を継いで、中国を率いた江沢民は「井戸の水は河の水を犯さない」と述べて、中国と香港の間に超えられない線が引いてあることを裏書きしている。

 かつての中国の指導部には、香港に対するこうした距離感が存在し、それが香港の民心の安定剤となっていた。

 だが、習近平体制になると、香港に対する特別扱いは次第に失われていく。習近平が掲げる「愛国」や「復興」には、北京への権威集中が込められており、香港もその一翼を担うべきだという政治的要請が高まった。

 その反作用で、香港社会には中国への恐怖感が広がった。

 中国の民衆のなかでも、かつて存在した香港への憧れや尊敬は薄れ、香港を中国の一部としか思わない単純な認識が民衆の間に共有されるようになり、北京の意に沿わない香港の人々をあからさまに蔑視する言論がネットにあふれるようになった。 その最後のダメ押しになったのが2017年7月、香港返還20周年を祝うための式典にあわせて香港に乗り込んだ習近平の演説だった。そこで習近平は「一国が根。国が強固でなければ枝葉は茂らない」と述べ、「二制度」から「一国」への重点移動を明らかにした。

 

対中失望が作り出した独立派

 

 こうした中国の変化に敏感に反応したのは若者たちだった。2014年の雨傘運動はあくまでも民主化=普通選挙の要求がメーンの訴えだった。しかし、その願いが跳ね返され、習近平の一国主義を目の当たりにすると、若者たちは「本土主義」へと向かう。本土とは、香港を彼らの故郷とみなすもので、中国の一部であることは否定しないが、香港の主体性を強調する傾向が強い。

 過去の民主派は、香港の民主化と中国の民主化はセットであり、中国と香港は一つという前提を崩していなかった。中国はまだ「他者」ではなかったのだ。しかし、本土派においては中国との一体感はかなり薄められている。中国が民主化しなくても、中国人に言論の自由がなくてもそれはそれ、最低でも、香港を巻き込まなければそれでいい、というのが本土派の本質だった。

 そこから香港独立という主張が本格的に表出したのが2019年の抗議運動だった。中国を香港に対する脅威とみなし、力づくでも中国を排除しなければ香港の将来はないと思いつめた元本土派の若者たちである。彼らは突然現れたものではなく、民主派から本土派へという流れのなかで、次第に袋小路に追い込まれて、やむなく主張を先鋭化させられていったと見ることが妥当であろう。

 民主派―本土派―独立派は、決して別々の立場ではない。中国への失望が深いほど色が変わっていくリトマス試験紙のようなものなのである。

 だが、彼らの政治的覚醒は、同時に虎の尾を踏むことになった。国安法による厳罰は必至だ。恐れて海外に逃げ出す若者も続出している。

香港警察の暴力的な取り締まりを批判するデモ隊=2019年6月、香港島(筆者撮影)

香港から台湾へ逃げる

 

 いま香港で注目を集めているのは、香港から逃げ出そうとして、台湾へ向かう海上で逮捕された12人の若者たちの安否である。彼らは、香港へ引き渡されず、中国で裁判を受ける見通しで、香港の家族らにも一切消息が伝わっていない。

 香港では通常、逮捕後48時間以内に大抵のケースでは釈放され、捜査と起訴を待つことになる。だが、中国での逮捕や起訴の手続きは不透明で「政治案件」になればなるほど、拘留時間が長期化する。

 国安法の導入以来、香港はすでに民主化勢力を弾圧する草刈り場になっている。国安法違反の密告を奨励する通報サイトも11月から開設された。

 香港の著名な政治評論家、サイモン・シェンは「香港ではこれから文革が再現されるだろう」と述べている。

 かつて自由が保障された香港は文革(文化大革命)などの政治的弾圧から逃れた中国人が逃げ込むところであると同時に、蒋介石政権の強権を恐れて台湾人が逃げ込む先でもあったことは歴史の皮肉としか言いようがない。逆に香港がいま何か声をあげようとする人々には牢獄(ろうごく)のようになり、自由と民主主義を保持している台湾へ逃れようというのである。

 メディアにも当局の手は伸びている。11月上旬、公共放送RTHKの女性プロデューサーが突然逮捕された。容疑は道路条例違反。昨年7月に起きたヤクザ集団によるデモ参加者への襲撃について政府に批判的なインサイドレポートを企画した人物で、車のナンバープレートから関係者を割り出したことが違反行為にあたるとしたものだが、通常の取材で広く行われているもので、政府に批判的な同局を抑え込みにかかったとの見方がささやかれている。

 民主化を応援する蘋果(ひんか)日報の創業者も国安法で逮捕されており、香港が誇った報道の自由も風前のともしびだ。

 それでは、香港はこのまま中国化され、一国二制度は完全に形骸化し、民主化運動も完全に押さえ込まれてしまうのだろうか。

 まずは米大統領の当選を確実にしたバイデンが実際にどのような対中政策と香港へのスタンスを打ち出すのか見極めなければならない。短期的には香港の人々はじっと声をひそめて、嵐が吹き去るのを待つかもしれない。

 だが、香港人の粘り強さも忘れてはならない。1997年の香港返還前後も2014年の雨傘運動後も、もう香港はおしまいだという無力感が漂ったが、それを跳ね返して香港は香港らしさを失わなかった。香港には選挙制度があり、今年9月にコロナを理由に延期された立法会選挙も来年9月には実施されるだろう。香港が終わったと決めつけるのは早計であり、香港人が諦めるまでは、日本も香港への関心を失ってはならない。(敬称略)

【筆者略歴】

野嶋 剛(のじま・つよし)

ジャーナリスト、大東文化大社会学部特任教授。元朝日新聞台北支局長。1968年生まれ。上智大新聞学科卒。近著に、「なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか」(扶桑社新書)、「香港とは何か」(ちくま新書)

 

(KyodoWeekly11月16日号から転載)

 

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