安倍晋三首相が突然、辞任し、9月には菅義偉政権が誕生した。そのことは、中国の対日政策に大きな影響を与えている。中国はアメリカとの〝戦い〟を強いられ、対応に忙殺されており、日本との関係を顧みる余裕がないようだと見られているが、本当は違うのだ。
中国は、対米関係が悪化する中、日本の存在がより重要になり、対日関係に神経をとがらせている。菅政権になり、中国の対日態度が変わった。
安倍氏が辞める直前の日中関係は良好で、日本も中国も両国関係が正常な軌道に戻った、と認識されていた。
安倍氏は、中国の旧正月に日本国内の中国語系主要メディアなどを通じ、中国の人々にお祝いのメッセージを送った。新型コロナウイルスで苦しい中国に日本から多大な支援物資を送られたことも、中国人の対日感情を大きく好転させた。
そして、国家主席の習近平氏が国賓としての訪日も決まり、日中関係が新段階を迎えようとしていたほどだ。そのころの中国の対日報道は極めて抑制気味で、政治的に過激な言葉も消えていた。
しかし、安倍氏が辞めてから、中国に関連する国際情勢も悪化し、事情は変わった。
国営通信社の新華社通信に代表される、マスコミサークルでは、安倍氏の評価が「手段があって強い人」から「ずるい手を使って中国を陥れる人間」と変わった。
安倍氏が退任後、靖国神社を参拝したからだ。ただちに共産党機関紙「人民日報」系列の「環球時報」に批判された。記事の見出しは、安倍氏の参拝のことを「拝鬼」と表現し、「辞職したばかりの安倍晋三はいったいなにをしたいのか」と厳しく問いただした。
日本は〝強敵〟
菅新政権に対してもよくは書かれていなかった。就任当初から新華社などでは「菅さんは農民の息子」だったと紹介していたにもかかわらずである。
それが、今になって「異様な目線を中国に向ける」人間となった。ベトナムなどの菅首相の初外遊について、中国では次のように報道された。
「初めての外国訪問で菅義偉(職務と敬称なし)は中国へ行かなかった。しかし異様な目線を中国に向けたと言える(中略)中国の発展とアジアの台頭はまず儒教文化圏の整合だ。この文化圏にいる重要な国として、中国と日本は友となるべきである。これは困難な任務である。しかし一段と優れた大国外交は強敵を友に変えられることだ」
アジアの強敵はどの国を指すのか? 日本だと思わずにいられないであろう。つまり、中国にとって日本は戦略的なパートナーというより〝強敵〟だとの本音を漏らした。日本が強敵と見なされると、今後の日中関係において菅首相のかじ取りは困難な道が予想される。
今年の10月15日に、「日本藍皮書:日本研究報告(2020)(日本青書:日本研究報告2020)」が公表された。それは中華日本学会、中国社会科学院日本研究所などの共同研究の成果で、中国対日関係のバイブルだといえよう。
今年の「日本青書」は例年通り、日本の政治と経済、社会文化などを総括し、日中関係の回顧および展望も打ち出した。
「人民網」の報道によると、中国と日本は新型コロナウイルスをともに対応するにあたり、中日「運命共同体」に対する認識、文化の共鳴などを強くすることができると「日本青書」に書かれていた。
また「日中関係はいま歴史の重要段階に入り、日本は国際的な視野で変化する中日両国間の情勢を見て、具体的な友好措置を引き続き打ち出すべきだと見ている。中日両国は不利の影響を削除し、力強く日中関係を新時代に推進すべきだ」と指摘した。
筆者が注目したのは「運命共同体」という言葉が日中関係に盛り込まれたことである。
これまでに「人類運命共同体」という習近平外交思想の下で、中国は世界各国に対して理解を深めようと推し進めてきたが、日中間に限って用いたのは、そう多くはなかった。
菅政権が直面する変化
米中関係が悪化して以来、日本もサプライチェーン(部品の調達・供給網)の面で〝脱中国〟の傾向が出てきた。一方、中国国内では日本が製造業やサプライチェーンの分野で、中国とは離れられないとの報道が多くなっていった。
10月21日、インターネット事業を展開する「捜狐(そうふ)」網が「アジアの小NATO? 日本は中国との連携は不可欠」というタイトルの文章を掲載した。日本経済が、コロナの影響から回復するには中国がいかに重要なのか、と論じた。中日「運命共同体」の様相を語りだしたのだ。
同時に日本の思い通りに、中国から抜け出すことはさせない、とのメッセージも込められている。
これこそ菅政権が直面する日中関係の変化ポイントである。
以前なら中国経済が日本を頼る部分が多く、今はそれが逆転している。立場の逆転はものごとのやり方も逆転するにきまっている。日中関係もそうだ。
中国が経済的な優位に立った以上、日中間に運命共同体をつくると言い張り、挙げ句の果てには、日本が〝同化〟される恐れもあるだろう。
中国の同化政策に抵抗すれば、対日輸出禁止や、在中の日本企業に対する嫌がらせなどの懲罰が待ち構えている。
もし中国の「核心的利益」の問題で、日本が中国に反旗を翻せば、中国国内の日本人を逮捕することも以前より平気にしてしまう環境になった。
深刻な毛沢東化
今後の中国の対外政策は一層強硬になる姿勢もはっきりしてきた。
それは10月23日に行われた朝鮮戦争記念式典で公開された習氏の談話からも読み取れる。新華社の報道によると習氏が「中国人民には手出しをしてはいけないのだ。手出しして怒らせるとただじゃおかない」と言ったという。
後でそれは毛沢東語録5巻に掲載された毛沢東の言葉だとわかった。
ここでは詳述しないが、それは〝著作権侵害〟に当たりそうな、中国政府の重要なミスであった。習政権の「毛沢東化」の深刻さを証明している。
また習氏は、世界各国の「協力共存」を唱えたあとに「われわれは国家の主権、安全および発展の利益で絶対に損害をうけない。いかなる勢力の侵略も祖国の分裂も絶対に許さない。もしこのような状況が発生すると中国の人民は必ず真正面から痛撃を食らわす」とも強調した。
このような発言は、アメリカに対するメッセージだと広く受け止められたが、それは実際のところ、習氏の外交方針だと受け止めるべきである。
つまり「順我者昌、逆我者亡(われに従う者は栄え、われに逆らう者は滅ぶ)」は今後の中国戦狼(せんろう)外交の思想基礎となったのだ。
少し前に王毅外相がヨーロッパで行った、どう喝外交ともいえる振る舞いから分かるように、先進国に対しても中国の経済協力を得たいなら、人権問題や香港および台湾問題に多言するなと言明した。当然、日本も例外ではない。
王氏は11月にも訪日することで日程調整を始めたと日本のマスコミが報道した。日中政府要人の対話はもちろん必要だと思うが、習氏の強い外交方針の下で中国側の意向を強引に押されて一方通行な訪問にならないように日本側は気を付けるべきであろう。
米中対立が激化する中、中国が国際的な孤立を避けたいとの思惑から、逆に日本にとってはチャンスだと思われがちだ。
現実はそう甘くないことを菅政権は肝に銘じて対応してほしい。もちろん経済発展の面で中国はまた対外開放をせざるを得ないが、両国の経済連携に強い期待をかける一方、以前の「政冷経熱」のような日中関係は復活できないことを視野に入れるべきだ。
【筆者】
中国ウオッチャー
龍 評(りゅう・ひょう)
(KyodoWeekly11月9日号から転載)