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「規律を破らない私」の残虐性

 少し前の話だが、カンボジアのポル・ポト政権時代の悪名高い政治犯収容所「S21」のカン・ケ・イウ元所長(通称ドイチ)が、首都プノンペンの病院で死去した。人道に対する罪などで終身判決を受け服役中で、77歳だった。1997年に逮捕された時は大騒ぎだったが、その死に際してはカンボジアでも国際報道の場でも気に留めた人はほとんどいなかったようだ。

 私は、彼に直接会ったことはないが、2010年7月26日、ポル・ポト派特別法廷が35年の禁固刑を言い渡した場面は目撃した。傍聴席には、1970年代から90年代のカンボジア報道で名をはせた欧米のジャーナリストたちも来ていた。水色のシャツを着て被告人席に立つドイチは微動だにせず、表情も変えなかった。

 ドイチはポル・ポト派の中では地位は低いが、興味深い人物だ。彼の言動からは、普通の人間が虐殺者になり得ることを改めて知るからである。子ども時代は極めて優秀で、後に数学の教師となった。カンボジア共産党員になり、ポル・ポト派の幹部に認められてS21の所長にまで上り詰める。「私は仕事に専念し、規律を破らない」。自らをそう評したように、上司から与えられた職務を忠実に遂行した。S21では政治犯やスパイとされた人物を自白させるため部下にさまざまな拷問の方法を教え、自室で書類に没頭した。

 フランス人の民族学者フランソワ・ビゾは、カンボジア仏教を研究していた1971年、プノンペン郊外でポル・ポト派に捕らえられた。スパイ容疑で入れられた収容所で、若き責任者ドイチとさまざまな議論を交わす。2人の間には奇妙な友情が芽生え、最終的にビゾは解放される。ポル・ポト派に拘束されながら生還した数少ない、おそらく唯一の外国人だ。

 「私が見たのは、怪物でもなければ精神異常者でもなく、自分と同じ普通の人間であった。だからなおさら恐ろしいのだ」。ビゾはドイチのことをそう述懐したと著書「カンボジア運命の門」(講談社)の翻訳者が記している。

 ポル・ポト派特別法廷に任命された精神科医の分析も、ビゾの言葉を裏付けている。「誠実で、統制志向があり、細部に気を配り、上司から認めてほしいと強く思う傾向がある」。こんな人、会社にいるよね、というタイプである。部下からすると、マイクロマネジメントを好むうっとうしい上司だろう。

 ポル・ポト政権を生き延びてフランスで映画製作を学んだ映画監督リティ・パンは、監禁中のドイチと対面し、長時間にわたりカメラを回したが、ドイチは、ポル・ポト派のプロパガンダを思わせる空虚な言葉を並べるだけだった。「私は人民に知識を授けたかった」。それは彼の上司であったポル・ポト派ナンバー2、ヌオン・チアが、私が会った時には必ず口にした言葉と同じであった。

 カンボジア政府は、彼の亡きがらを死去したその日のうちにプノンペンの寺で荼毘(だび)に付した。参列したのは、妹と思われる女性ら数人だけだった。(敬称略)

ジャーナリスト 舟越 美夏

 

(KyodoWeekly11月2日号から転載)

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