国際
政治・経済・国際の解説&分析記事

今後の国家像をめぐる攻防 米大統領選が問いかけるもの

 米大統領選の共和党候補トランプ大統領と、民主党候補バイデン前大統領の第1回候補者討論会が9月29日に開かれた。罵倒合戦の様相を呈し、「醜悪な戦い」(米ニューヨーク・タイムズ紙)との酷評も。米国政治が専門の簑原氏が、今回の大統領選が世界に、米国に何を問いかけているのか、考察した。(編集部)

 

 9月14日の自民党総裁選を経て、日本では菅義偉氏が新首相に就任した。とはいえ、現行の法制度では、日本国民のほとんどが首相の選任に携われないため、必然的に盛り上がりを欠くプロセスとなったのは否めない。

 逆に、世界の注目度という観点を含め、11月3日に行われるアメリカの大統領選挙と日本の総裁選とは全く別の次元にある。

 アメリカは、自由主義・民主主義、人権、そして法の支配に基づく戦後の世界秩序をパックス・アメリカーナ(米国主導の平和)体制下で維持してきた超大国である。

 それゆえ、世界中の人々は誰が次のアメリカのトップ・リーダーとなるかに自ずと大きな関心を抱く。米大統領の政策が世界規模で影響をもたらすのは至極当然だが、特に日本は日米安保条約によって安全保障をアメリカに依拠しているため、無関心ではいられない選挙となる。 その事実を踏まえ、本稿では目前に迫る2020年大統領選の行方について触れつつ、ドナルド・トランプ政権の4年間の意義について考察し、今後のアメリカの展望について述べる。

 

誰が勝者に?

 

 筆者は近頃、現職トランプ大統領(共和党候補)とジョセフ・バイデン前副大統領(民主党候補)の一騎打ちの勝者は誰になるかと尋ねられることが多い。 だが、アメリカの大統領選は538人(2020年時点)の選挙人によって決する州単位での間接選挙であるため、勝者の予想は困難だ。

 加えて、2016年の大統領選のように一般投票と選挙人投票の結果がねじれて大きな差異が生じた場合、選挙の行方はさらに読みづらくなる。

 この時、ヒラリー・クリントン民主党候補は、一般投票で300万票程度トランプ候補を上回ったにもかかわらず、選挙人票では惨敗して敗者となったことを記憶している読者も多いであろう。

 ただ、選挙日まで1カ月を切った時点でちゅうちょなく言えるのは、通常優勢な位置にいる現職大統領の支持率が全米レベルの世論調査でここまで低迷しているのは稀有(けう)なことであり、また、米経済が低迷している状況において勝利した大統領はいまだかつていないという事実を勘案すれば、トランプ再選は厳しいというのは妥当な予想となる。

 選挙結果は、開票作業が済めば自ずと判明する(トランプ氏が敗北を素直に認めるかは別問題だが)。

 しかし、それ以前に理解しなくてはならないのは、今回の大統領選挙が本質的に何を問うているかである。

 それは、2021年1月20日からの4年間、アメリカが目指す国家像、すなわち国家の在り方をめぐる攻防である。

 トランプ氏の岩盤支持基盤を成す「忠実な4割」を除けば、大多数の有権者はコロナ禍と黒人の人権問題(ブラック・ライブズ・マター;通称、BLM)で大きく揺らぎ、傷ついたアメリカを治癒できる指導者を求めている。つまり、来月の選挙では、アメリカが再び輝きを取り戻すことができるのかが決すると見てよい。

 

混迷の淵源

 

 換言すれば、パックス・アメリカーナの再起はあるのか、あるいはかつてのパックス・ブリタニカ(英国主導の平和)のように、アメリカは衰退の道をたどるのかどうかという根本的な問題が、この度の選挙結果にかかっているのである。当然、余裕と活力のあるアメリカの方が世界に対してリーダーシップを発揮して積極的に関与する。

 そのため、健全なアメリカへの回帰は、日本のみならず、価値を共有する諸国家の国益と合致するゆえに、世界は固唾(かたず)をのんで米選挙の行方を見守る。

 むろん、アメリカ政治が混迷した淵源(えんげん)は、何もトランプ大統領の登場に端を発するものではなく、その原点は2009年に大統領に当選した前任者のバラク・オバマ氏にまでさかのぼる。 ハワイ生まれのオバマ氏は、アメリカ本土生まれではない初めての大統領であるとともに、米史上初の黒人大統領だった。多くのアメリカ人にとって彼の名前の響きは、異国人を連想させるものであり、実際、一部保守系に属する個人(トランプ氏もその一人)や団体にとってオバマ氏は外国生まれだ。したがって大統領の資格を有さないという「バーサー(出生地を疑う)運動」が展開されたほどであった。

 このように、黒人の米大統領就任はとてつもなく大きな衝撃を与え、保守層を中心に自分たちが理想とするアメリカの将来を取り戻さなければならないという強烈な危機感をあおった。そして、それが原動力となって2016年のトランプ大統領の勝利は導き出されたのである。

 オバマ氏の選挙スローガンは「チェンジ(change)」だったが、事実、彼は多くの急進的な改革に着手し、アメリカの国家の在り方を根底から変えようとした。

 

反作用

 

 その端的な例が、現大統領が目の敵にしている国民皆保険制度(通称、オバマケア)だ。全国民に健康保険を提供するのは、日本や欧州を含め多くの国では当然のことであるが、個人による選択の自由が尊重されるアメリカでは強い抵抗感を持つ者もいた。政府によって保険加入は義務化され、その結果、一部世帯では保険料負担が増えたことにより、保守系の有権者から猛反発を招いたのである。

 加えて、LGBTQの問題でも、最初は踏みとどまっていた軍隊への同性愛者の入隊を、オバマ大統領は2期目になって容認に転じ、アメリカ社会をより寛容な方向へと変革させた。

 この過程で「ジェンダー・フリー運動」も勢いづき、米国内でトイレを男女別に指定する是非を問う議論が沸き起こった。

 しかし、こうした新たな国民的価値観の形成は、アメリカの在り方を大きく変えることを意味し、必然的に反作用が生じた。アメリカは、ピューリタニズムの思想が底流にあり、またキリスト教に対する意識が高い中、福音派を中心に保守傾向が顕著なアメリカ人の不満はくすぶり続けた結果、4年前の選挙で一気に噴出した。

 これによって、一方に大きく振れた「振り子」は反動によって勢いよく逆方向に振れ、この揺り戻しの結果がトランプ氏の当選だった。

 

モラル・リーダーシップ

 

 しかし、「異次元の大統領」トランプは、国家および国民の利益を擁護するという伝統的な政治リーダーの規範を大きく逸脱し、自分と自分の家族、および自らの忠実な支持者の利益のみしか顧みようとしなかった。 また、大統領職の品格を失墜させたのみならず、真顔で平然と数々のうそを並べる姿は、あのリチャード・ニクソン元大統領さえも凌駕(りょうが)する。

 このようにトランプ氏は欺瞞(ぎまん)に満ちた大統領なのだが、極めつけは国民が21万人以上も亡くなっているにもかかわらず、コロナ禍への対応についての自己評価を「A+」と豪語する彼の人間性にあろう。

 建国の父たちがまさしく共和国の破滅をもたらすと警戒した常軌を逸した人物が、大統領となってしまったのである。

 こうした経緯を踏まえれば、今年の選挙の重要性がより鮮明となろう。トランプ氏がもたらした弊害は国家の分断に限らず無数にあるが、特に留意されるのは世界におけるアメリカの「モラル・リーダーシップ」の喪失である。

 今までのように世界の模範としてアメリカに期待を寄せ、丘の上の共和国に憧れる人々が確実に減退しているのは明白だ。

 それゆえ、今回の選挙でアメリカの有権者に示されている選択肢は、振り子が完全に振り切るところまで現在の方向で揺らすか(トランプ氏)、あるいは振り子の勢いを止め、中心点へと戻すか(バイデン氏)にある。 後者がいわゆる「平常への回帰」を意味し、同盟国日本のみならず、自由主義世界にとって最も望ましい結果であろう。

【筆者略歴】

神戸大学大学院法学研究科教授

インド太平洋問題研究所理事長

簑原 俊洋(みのはら・としひろ)

米カリフォルニア州出身、1971生まれ。カリフォルニア大デイビス校卒。政治学博士。専門は日米関係、国際政治、安全保障

 

(KyodoWeekly10月12日号から転載)

全国選抜小学生プログラミング大会
新型コロナ特集
スポーツ歴史の検証
スポーツ歴史の検証

K.K. Kyodo News Facebookページ

ニュース解説特集や映像レポート、エンタメ情報、各種イベント案内や開催報告などがご覧いただけます。

矢野経済研究所
ふるさと発見 新聞社の本
DRIVE & LOVE
11月11日はいただきますの日
野球知識検定
キャッチボールクラシック
このページのトップへ