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「アリのように高い壁を越えていこう」

 新型コロナウイルスの時代、政府の救済対象から漏れている「社会的少数派」の一つが、心と体の性が一致しないトランスジェンダーだと、国際人権団体が警告している。その関連でアムネスティ・インターナショナルの「インドのトランスジェンダーの孤軍奮闘」と題した記事を読んでいたら、懐かしい名前に行き当たった。

 インド南部ハイデラバード(テランガナ州)に住むビジャヤンティ・モーグリ。トランスジェンダーの活動家である。4年前に取材で会った時には、インド最高裁がトランスジェンダーを「第三の性」として認めた運動を率いた活動家を紹介してくれた。彼女の半生の話を聞きながら共にした夕食は、よく知る女友達と過ごす時間のような楽しい時間だった。

 2011年の統計では、インドのトランスジェンダー人口は49万人近く。実数は遥かに多いとみられている。大半が日雇い仕事で生きるしかなく、性産業や物乞いに頼る人も少なくない。3月から実施されたロックダウン(都市封鎖)で政府は経済対策を発表したが、トランスジェンダーはひときわ厳しい状況にあり、飢えが広がりつつあるという。

 その理由はいくつかある。ビジャヤンティによると、トランスジェンダーの中には、国からの一時支援金や食料の配給を受ける時に必要な身分証明書を持っていない人が多い。体調を崩し病院に行けば差別され、治療を拒否されることもある。収入が途絶え必要なホルモン療法を中断せざるを得ない人も少なくない。さらに「コロナを拡散させる奴ら」などと決めつけ、借家から追い出そうとする家主もいる。政府は、高齢者や障害者、夫を亡くした女性らへの支援をうたうが、トランスジェンダーは蚊帳の外だという。

 ビジャヤンティは5月、身分証明書なしの食料配給や無料の医薬品提供など、トランスジェンダーが平等な社会福祉を受ける権利を求めてテランガナ高裁に提訴した。高裁は7月、トランスジェンダーの患者を拒否しないことやプライバシー保護のために一般病棟とは異なる病棟で治療することなどを命じる決定を州政府に出した。

 ビジャヤンティたちの忍耐力と不屈の精神に敬服するばかりだ、と記事を読みながら思った。トランスジェンダーとして生きることは、差別と偏見、暴力に日常的に対峙(たいじ)することでもある。自分の性に幼い頃から違和感を感じていたビジャヤンティは、学校でひどいいじめに遭い、親に精神病院に入れられたこともあった。

 困難を極めた日々の末に、トランスジェンダーの権利を守る団体を設立し、差別に耐えるしかないと思っていた若い世代に声を上げて政府を動かすことを教えている。「アリのように高い壁を越えていこう」。彼らの運動の合言葉を思い出し、なんだか元気が湧いてきた。

 コロナ禍で日本を含む各国で、トランスジェンダーがホルモン治療や性別適合手術の中止などを余儀なくされているという。社会的少数派を守るためにどんな政策が取られるか。非常事態はその社会の底力がみえる時なのだろう。(敬称略)

ジャーナリスト 舟越 美夏

 

(KyodoWeekly8月24日号から転載)

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