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「殺人の追憶」が残したもの 韓国で14人殺害判明も、時効成立

 映画「パラサイト 半地下の家族」で米アカデミー賞を受賞したポン・ジュノ監督の代表作「殺人の追憶」のモデルになった「華城連続殺人事件」が、最初の犯行から34年目に、遂に幕を下ろした。韓国の警察当局は7月2日、この連続殺人事件捜査の最終結果を発表し、10人の女性が犠牲になった連続殺人事件はすべて釜山教導所(刑務所)に服役しているイ・チュンジェ受刑者の犯行で、イ受刑者はこのほかにも4人を殺害し、少なくとも9件の強姦事件も起こしていたとした。

 

 しかし、すべて公訴時効が成立しており、警察当局は事件の全容解明に胸を張ることはできず、捜査の中で生じた人権侵害や数々の誤りを謝罪した。

 韓国の京畿道華城郡(現・華城市)では、1986年9月から1991年4月までに13歳から71歳までの女性が残忍に殺害される10件の連続殺人事件が発生した。韓国の殺人罪の公訴時効は15年だったが、2007年に25年になり、2015年には時効がなくなった。しかし、最後の犯行が法改正前だったために、最後の犯行から15年目の2006年4月2日にすべての事件の公訴時効が成立した。それまでに延べ205万人の警察官が動員され、4万人以上の指紋対照、2万1千人以上を取り調べ、3千人以上を容疑者として捜査したが、犯人逮捕に至らなかった。警察当局は犯人のモンタージュ写真を公開、血液型はB型で、身長165~170センチの痩せ型の20代半ばの男性とした。

 事件は迷宮入りするとみられていたが、捜査を続けていた警察は昨年7月に証拠品の一部を国立科学捜査研究院へ送り分析を依頼した。この結果、9番目の事件の被害者の下着をはじめ、3、4、5、7番目の5件の事件の証拠から検出したDNAと、釜山教導所(刑務所)に服役中のイ・チュンジェ受刑者のDNAが一致。DNA分析の進歩が生み出した成果だった。

 イ受刑者は1994年1月13日に忠清北道清州市の自分の家に遊びに来た妻の妹に性的暴行を加え殺害した罪で無期懲役で服役中だった。

 

「手がきれいですね」

 

 京畿南部地方警察庁は釜山教導所に捜査員を送り、イ受刑者の尋問に当たったが、イ受刑者は「華城事件のことは関係ない」と否認を続けた。

 警察側はイ受刑者の自白を得るために、専門の犯罪心理分析官9人を投入し、昨年9月24日に自供を得ることに成功した。その後、イ受刑者は義妹を含め、15人の殺害と34件の性的暴行や強盗を自白した。

 イ受刑者は「DNAの証拠も出たというからどうしようもないね。いつかはこういう日が来ると思った」と語り、自白を始めた。イ受刑者は、捜査に当たった女性のプロファイラーに対して「手がきれいですね。手をさわってもいいですか」と語るなどしたという。

 警察当局は「性的欲求を満足させるために女性を無差別に物色し、残忍な犯行に及んだ」としたが、イ受刑者は最後まで犯行の動機については口をつぐんだ。警察によると、イ受刑者に罪悪感はなく「被害者の痛みや苦痛に対してまったく共感することができない人格障害の傾向が強い」とした。

 イ受刑者の供述によれば、幼いころに弟が水死し、家父長的な父親がさらに自分に対して強圧的に接し、自分の感情を押し殺すような少年期を送ったという。イ受刑者の性格が変化したのは軍隊生活だった。イ受刑者は取り調べに対して感情を示すことなく語ったが、軍隊生活については生き生きと話した。

 機甲部隊に属し、戦車に乗って先頭を切る自分に後続部隊が付き従うという話をする時は興奮した表情だったという。

 イ受刑者は1986年1月23日に除隊したが、それから1カ月もたたない同年2月18日に最初の暴行事件を起こした。同9月15日に性的な暴行を加えようとして抵抗され、最初の殺人事件を犯した。警察は、それからさらに加虐的な性欲を満たすための犯行を続けるようになったとみている。

 再捜査に当たった警察に衝撃を与えたのは昨年10月になり、既に犯人を逮捕していた8番目の事件まで「自分がやった」と自白したことだった。再捜査をすると、犯人しか知り得ない情報を知っており、イ受刑者の犯行と断定せざるを得なかった。

 8番目の事件とは1988年9月16日に起きた13歳の少女の殺人事件だった。この事件で逮捕された男性は無期懲役を言い渡されたがその後減刑され、20年間服役して2009年8月に仮釈放された。男性は1審判決後犯行を否認していた。任意同行で連行されたが75時間眠ることができず、殴るなどの暴行を受けて虚偽の自白をしたと主張。男性は「自白をしてくれたイ・チュンジェに感謝したい。自白がなければ私の事件もそのままだっただろう」と語った。現在、この男性の再審が進行中だ。

 イ受刑者は1987年5月の6番目の事件の容疑者として取り調べを受け、その後も2回事情聴取を受けていたが、捜査を逃れた。警察は犯人の血液型をB型と推定していたが、イ受刑者はO型だった。

 警察当局はイ受刑者と警察や検察関係者9人を検察に送致したが、すべて公訴時効が成立しているために、検察で「公訴権なし」で処理される見通しだ。

 華城連続殺人事件は34年を経てようやく犯人の究明に成功し、その捜査の過程での警察や検察のずさんで違法な捜査の実態を浮かび上がらせた。

 しかし、「罪」は明らかになったが、時効の成立により、「罰」を与えることはできない。イ受刑者に罪悪感はなく、釜山教導所で以前と同じ受刑生活を送っているという。再捜査で違法捜査などを指摘された警察、検察関係者は事実関係を否認しているといい、これを法的に処罰する手段もない。事件は34年を経て、法で裁かれることなく、人々の「追憶」の世界に入ろうとしている。

【筆者】

ジャーナリスト

平井 久志(ひらい・ひさし)

 

(KyodoWeekly7月20日号から転載)

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