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ベトナム残留日本兵とその家族

小松みゆき著「動きだした時計」(めこん、2500円税別)

 学生時代にアルバイトをしたベトナム料理店には、ベトナム南部ホーチミン出身のお姉さんが働いていた。お姉さんの日本語は流ちょうではなかったが、彼女が時々口にする話から、父親は元日本兵、あるいは戦時中にベトナムに暮らした人で、ベトナム女性との間に家庭を持った人のようだった。

 一体、どんな背景があったのか。合点がいかなかったが浅はかな私は、お姉さんと一緒に米国のベトナム戦争映画「プラトーン」を見には行ったものの、彼女の家族がたどった歴史を深く知ろうとはしなかった。

 2000年代半ばに通信社の特派員としてベトナムに赴任して、光が当てられないままの日本とベトナムが絡む深い歴史を知った。その一つが、ベトナム残留日本兵とその家族だった。取材を手引きしてくれたのは、1990年代から首都ハノイに住んでいた小松みゆきさんである。小松さんは日本語教師としてハノイに来て以来、残留日本兵とその家族についての調査をライフワークとしていた。

 第2次世界大戦中の1940年、日本軍はベトナムに進駐したが、敗戦で多くの日本兵が引き揚げる。しかし、約600人の下士官や軍医、民間人らが残留しベトナム独立同盟(ベトミン)に参加し、一部は陸軍学校の教官となった。多くが現地で家庭を持った。フランスとの戦争後、ベトナム政府の方針で残留日本兵らは帰国させられることになったが、妻子を連れて帰ることは禁じられた。強制的な帰国から逃れるために政権の手が及びにくい南部へ行った人たちもいた。バイト先のあのお姉さんの父親も、このグループだったのではないかと思われた。

 ベトナムはその後、米国との戦争に突入し、その後は世界から孤立させられる。日本からの連絡はないが、残された家族は、いつか再会できるという希望を捨てなかった。

 小松さんは、元日本兵の息子や、日本統治時代の台湾出身で日本兵となった男性を紹介してくれた。彼らの願いは「父と会うこと」「日本人として帰国すること」だった。だがそれは日本政府からもベトナム政府からも省みられず、歴史の隙間に永久に落ち込んだままであるように見えた。

 小松さんがこつこつと続けた調査はしかし、長い時間をかけて大きな実を結ぶ。「季刊民族学」への寄稿、NHKのドキュメンタリー、そして2017年3月に訪越した、当時の天皇皇后と残留日本兵の家族1人との面会が実現した。小松さんがコーディネートしたこの面会で光が当たり、7カ月後の10月、14人の妻や子が1週間の訪日を果たした。

 今も終わらないこの物語を、小松さんは「動きだした時計 ベトナム残留日本兵とその家族」(めこん)にこのほどまとめた。「日本軍がなぜ終戦時にベトナムに駐屯していたのか」(白石昌也・早稲田大学名誉教授)、「残留日本人の日本帰国の背景」(吉田元夫・東京大名誉教授)についての解説も収録され、世界史の中の知られざる日本の一面も学べる。

 日本兵たちが残留を決めてから75回目の夏が来る。

ジャーナリスト 舟越 美夏

 

(KyodoWeekly7月13日号から転載)

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