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早期終息発言と「希望拷問」 新型コロナ、韓国最新事情

 本誌コラム「アジアの風」の筆者で、朝鮮半島ウオッチャーの平井久志氏が、今回の新型コロナウイルス感染拡大に伴う、「徹底したウイルス検査」を実施している韓国の最新事情を報告する。誰もが、早期終息を願っているが、あまりに甘い見通しは国民に「希望という名の拷問」をもたらすと警鐘を鳴らす。(編集部)

 

 韓国で最初に新型コロナウイルスの感染者が発見されたのは1月20日だった。前日に仁川空港に入国した中国人女性に高熱があり、検査したところ、感染が確認された。旧正月(1月25日)の「民族大移動」前の新型コロナウイルス侵入で、ウイルスが広がるのでは、と心配されたが、2月1日までの感染者数は12人にとどまった。

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は2月13日、財界幹部との懇談会で「コロナは間もなく終息するだろう」と語った。韓国では2月10日に28人目の感染者が出て以来、13日まで3日連続で感染者ゼロが続き、文大統領もつい「間もなく終息」と言ってしまったのだろう。

 しかし、状況が急変したのは2月18日に31番目の感染者が出た時からだった。保健福祉部の疾病管理本部は翌19日、31番目感染者と新興宗教「新天地イエス教会」の大邱教会で接触した人から15人の感染者が確認されたとした。

 「新天地イエス教会」は1984年につくられた新興宗教で急速に勢力を拡大し、信者は20万人を超えるといわれる。中国の武漢にも教会があったとされ、閉鎖された教会で手をつなぐなどして礼拝をしていた。この「濃厚接触」が大邱・慶尚北道での爆発的な感染拡大につながった。2月29日には感染者数は1日だけで909人に達し、そのうち大邱地域が741人を占めた。

 保守系有力紙「朝鮮日報」は2月25日付のコラムで、文大統領の「コロナは間もなく終息するだろう」発言を「希望拷問」と批判した。同紙によれば、「希望拷問」とは「相手に希望を持たせた後に苦痛を与えること」だという。

 韓国政府は2月23日に新型コロナウイルスの危機警報を「警戒」から「危機」に格上げしたが、朴凌厚(パク・ヌンフ)保健福祉相はその2日前に「状況を管理し、統制することができる」と発言した。朝鮮日報はこれも「希望拷問」だと批判した。

 調べてみると、韓国には宋智恩(ソン・ジウン)さんが歌う「希望拷問」という歌まであった。この歌は、相手が自分を本当は愛していないと分かっているのに、自分が相手を愛しているばかりに、近寄ってくる相手を忘れられない苦しみを歌った内容だ。面白かったのは「希望拷問」の英訳は「Hope Torture(希望拷問)」ではなく「False Hope(偽りの希望)」だったことだ。つまり、「希望拷問」とは「根拠のない偽りの希望」ということだ。

 

評価する声も

 

 韓国では「新天地イエス教会」の集団感染などで感染者が急増し、3月1日時点では中国(感染者数7万9824人、死亡2870人)に次いで多い感染者3736人、死亡21人に達した。

 韓国は世界第2の感染国と世界から冷たい視線を浴びたが、現時点では、その評価が大きく変わった。

 3月23日現在、韓国は感染者8961人と世界第8位だが、死亡者は111人だ。感染者数に占める死亡者の比率は1・2%でイタリアの9・3%、中国の4%、日本の2・7%などに比べ、かなり低い。新型コロナウイルスの感染が世界に広がる中で、欧米ではむしろ韓国を評価する声が出始めている。

 もちろん、韓国でも今後、どういう集団感染が出るか予測しがたいところだが、韓国の対応で評価できる点は2点だ。

 第1点は検査を徹底的にやったことだ。第2点は情報を徹底的に公開したことだ。

 疾病管理本部によると、韓国は3月23日午前0時までに33万8036人の検査を行い、31万5447人は陰性で、1万3628人が結果を待っているという。これは世界でもトップクラスの検査件数だ。これに対し、日本は先月18日から今月19日までで計3万7726件にすぎない。

 検査をし過ぎると病院が対応できず医療崩壊を起こすという意見があるが、これは検査後の対応の問題だ。韓国では感染者が発生するとこれを担当者の公務員を決め、状況に応じた措置を取っているということだ。

 第2点は情報公開だ。韓国では当初は感染者に番号を付けて、その動線などがかなり詳しく公開された。感染者の人物情報ではなく、行動情報を公開することで感染の恐れがある人に警告する効果もあった。そうすると、この動線をマップに落としてチェックできるアプリまでが登場した。

 新しいウイルスとの闘いで韓国民の信頼を集めているのが保健福祉省の鄭銀敬(チョン・ウンギョン)・疾病管理本部長(54、女性)だ。ソウル大学医学部を出た医師で、国立保健院伝染病管理課長を務めるなど感染症の専門家だ。

 

国民の信頼

 

 今年1月20日に新型コロナウイルスが韓国で発生して以来、疾病管理本部で非常時モードで、ほぼ24時間、緊急状況室で勤務を続けている。毎日午後2時から1時間から2時間のブリーフィングを続けているが、記者の質問から逃げず、誠実で緻密な説明を続け、国民の信頼が集まっている。どこかの国の首相のように「質問がある」という記者を振り切って私邸へ帰ったりはしない。

 鄭本部長は日がたつにつれ顔色がやつれ、疲労の色が濃くなり、白髪が目立つようになったが、誠実な姿勢は一貫している。

 2月24日のブリーフィングでは、それまでも比較的短かった髪をさらに短くした。「髪を洗う時間も惜しいので」ということだった。記者たちから「コントロールセンターのトップとして体の調子はどうですか」と質問され「業務の負担は大きいけれど、大丈夫です」と答えた。「1日に1時間も寝ていないという話がありますが」と聞かれると「1時間より多く寝ています」と答えた。韓国民がこうした誠実な姿勢に励まされている。ネットでは鄭本部長への感謝や慰労の言葉があふれている。

 文在寅大統領の発言が「希望拷問」と批判を受けたが、これは逆の見方をすれば、当局の発表が国民の信頼を得られるかどうかという問題だ。韓国民は文在寅大統領より鄭本部長を信頼しているようにみえる。

 日本では加藤勝信厚生労働相が国民へのスポークスマン役を果たしているが、公衆衛生の専門家ではない。政治家のブリーフィングは、どこの国でも政治的利害が絡む。韓国の朴凌厚保健福祉相も評判は悪い。

 

「希望は最悪の災い」

 

 トランプ大統領は2月26日の会見で「米国民のリスクは低いまま保たれている」と強調し、流行について「米国は完璧に準備できている。十分に制御できる」と自信を示した。だが、今では米国の感染者は2万6千人を、死者は200人を超え、株価は暴落を続けている。

 安倍晋三首相は3月14日の会見で、東京五輪は「予定通り開催したい」と語り、16日夜の史上初のテレビ電話による先進7カ国(G7)首脳会議では「東京五輪は人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして、完全な形で実施したい」と語ったという。しかし、同23日には国会答弁で「延期の判断も行わざるを得ないと考えている」と延期に言及した。

 政治指導者の発言は国民の「信頼」を得るものでなければならない。「希望拷問」にならないことを願う。ちなみに哲学者のニーチェは「希望は最悪の災いだ。苦しみを長引かせるのだから」と語ったそうだ。

【筆者】

ジャーナリスト

平井 久志(ひらい・ひさし)

 

(KyodoWeekly3月30日号から転載)

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