国際
政治・経済・国際の解説&分析記事

「動かぬ石」中村哲(なかむら・てつ)さん73歳

 実はその人からどれほどの影響を受けていたのか、二度と会えない事態になってようやく分かるものだ。

 アフガニスタンで活動していた中村哲医師が凶弾に倒れたとの報が国内外を駆け巡った時、そう思った。アフガニスタンでは大統領がひつぎを担ぎ、国会では黙とうが行われた。

 ソーシャルメディアでは死を悼む声が飛び交い、その活動をドキュメントした番組が何度も放映され、外国メディアも訃報を伝えた。福岡市で開かれた告別式では、会場の外にまで参列者があふれた。

 私もぼうぜんとした1人だった。中村医師と最後にお会いしたのは20年近く前。それなのに言葉や表情、その時の風景が鮮やかによみがえる。「動かぬ石のように」。脳裏にその言葉が浮かんだ。

 中村医師の著書「ダラエ・ヌールヘの道」(石風社)を本棚から引っ張り出した。

 「(「我々のアフガニスタン」との関わりを通して)人間に本当に必要なものはそう多くもなければ複雑でもなく、時代と所を超えてあることを知ることができるでしょう。…時流に乗って木の葉のように漂うのも、石のように沈むのも神の許される自由なら、せめて私たちは虚構の上塗りをせず、敢(あ)えて動かぬ石であり続けましょう(あとがき)」

 1993年に書かれたものだが、生の本質を突いた文とその底に流れる揺るぎない意志は今も読む者を圧倒する。中村医師は作家火野葦平のおいだが、文のすごみは作家の血筋だから、というだけではない。信ずるところに基づき行動し、闘っている人からのみ生み出されるものだ。

  中村医師は1978年、ヒンズークシ山脈への登山隊に同行した。その時に目撃した無医村の状況が活動の契機となった。84年、パキスタン北西辺境州ペシャワルのミッション病院に赴任してハンセン病根絶計画に携わる。数年後に「日本―アフガン・医療サービス」(JAMS)を設立し、アフガニスタン東部山岳部の無医村地域へと活動を広げた。

 96年、私は日本側で中村医師の活動を支援する非政府組織(NGO)「ペシャワール会」(福岡市)に同行し、パキスタンとアフガニスタンで中村医師の活動を見た。医師の目標はただ一つ、医療を必要としている人にいかに届けるか、だった。

 そのために乗り越えなければならない現場の困難さは、どう表現すれば日本の読者に伝わるのか、今も分からない。山や川、空気のありようさえ日本とはるかにかけ離れているのである。生活習慣、宗教、文化、内戦、複雑な民族感情と侵略を図る外国勢力との戦争の歴史。それを背景に、互いに政治的緊張を抱えるパキスタン、アフガニスタン両国出身の100人近いスタッフの指揮を執るのだ。アフガン帽をかぶった中村医師は容易に笑うことはしないが、スタッフや現地の人たちが畏敬の念を抱いているのが伝わった。

 

大国の身勝手さ

 

 アフガニスタンに関して国際社会は移り気だった。旧ソ連の侵攻と撤退では注目し、その後の内戦では忘れ去った。2000年から顕著になった大干ばつと飢饉(ききん)には目をつむったが、翌年は「正義」を振りかざす空爆に賛同した。

 大国の身勝手さ、無責任な国際政治力学、追随するメディア。それに合わせて動く支援団体もあった。

 中村医師は「動かぬ石」だった。「命を救う」という目的から一歩も動かなかった。「自衛隊派遣は有害無益」と日本政府に警告し、憲法9条が戦乱の現場で日本人の活動を守っていると訴えた。空爆の年に飢えて凍える20万人に食糧を届けた。

 中村医師が命を救うために「井戸を掘る」と言いだした時、ペシャワール会の村上優会長は戸惑ったという。「農業用水路を造る」と言った時には、誰もが不可能だと思った。

 しかし、本当に1600カ所で井戸を掘りカレーズ(地下水路)を復旧させ、10年3月には全長約25キロの用水路が完成した。今、砂漠だった地に広がる緑の畑は、知恵と行動、揺るがぬ意志が何を達成できるのかを示し、私たちに問いかける。

 ペシャワール会の昨年12月会報は、「凄まじい温暖化の影響」と題した中村医師の報告で始まる。アフガニスタンを破壊する干ばつとの闘いを報告する一方で、「『テロとの戦い』と拳を振り上げ、『経済力さえつけば』と札束が舞う世界は、砂漠以上に危険で面妖な世界に映ります」と続く。そして「―とまれ、この仕事が新たな世界に通ずることを祈り、来る年も力を尽くしたいと思います」と結ばれている。会報の発行日、12月4日は中村医師が凶弾に倒れた日だった。

 「行動しか信じない」「どんな時も本質をみる」。告別式で、長男健氏が父を表現した言葉が印象に残った。バラ色に染まる白峰を夕暮れの中で見つめる中村医師の少年のような笑み。二十数年前に見た横顔が、はにかんだようにほほ笑む遺影に重なった。

(ジャーナリスト 舟越 美夏)

 

(KyodoWeekly1月13日号から転載)

スポーツ歴史の検証
スポーツ歴史の検証

K.K. Kyodo News Facebookページ

ニュース解説特集や映像レポート、エンタメ情報、各種イベント案内や開催報告などがご覧いただけます。

矢野経済研究所
ふるさと発見 新聞社の本
DRIVE & LOVE
11月11日はいただきますの日
野球知識検定
キャッチボールクラシック
このページのトップへ