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居場所を失ったロスジェネたち タイのコールセンターで働く

 本誌コラム「アジアの風」を担当し、フィリピンなどアジア地域の取材経験が豊富な筆者が、日本を脱出し、タイ・バンコクのコールセンターで働く日本人の姿を追った、「だから、居場所が欲しかった。」がこのほど文庫化された。筆者自身に、裏話を含め自著を語ってもらった。(編集部)

 

「理想を語るだけだ」

 

 令和の時代に入ってから「ロスジェネ」が再び話題になっている。

 バブル経済崩壊後の失われた10年に社会に出た、就職氷河期世代を指す言葉で、フリーターや就職難民、ひきこもりが多く、人口規模は2千万人といわれる。その世代への支援策をまとめた政府は今年8月下旬、2020年度予算に総額1344億円を計上した。

 このほど文庫化された「だから、居場所が欲しかった。」は、タイの首都バンコクに進出した日本のコールセンター2社が舞台だが、そこで働く数百人のオペレーターはまさに、ロスジェネの日本人が多かった。

 かつてコールセンターで働いていた40代のある男性は、日本政府の支援策についてこんな感想を漏らした。

 「すでにタイに生活の基盤があるので、今さら日本に帰国して一からやり直す自信はない。支援策は、現実をよく知らない人たちが理想を語っているだけだ」

 ロスジェネ支援についてはすでに、有識者から「手遅れだ」という批判の声が上がっているが、その対象者が海外ならなおさらだ。そもそもタイでは、そんな支援の存在も知られていない。

 私がコールセンターに関心を持ったのは今から7年前。アジアで働く日本の若者たちがメディアで注目を集めていたのにあやかって取材を始めたのだが、コールセンターで働く日本人だけは接触が難しく、その実態がベールに包まれていた。

 人を伝って何とか紹介してもらった30代半ばの女性に取材をしてみると、「アジア人の男娼を買って妊娠してしまいました」という突拍子もない事実を打ち明けられ、最初から度肝を抜かれた。

 彼女を皮切りに取材を進めていくと、オペレーターの多くは非正規労働者や借金苦、性的虐待の被害、元風俗嬢など、他人に言えない過去を抱え、日本社会に息苦しさを覚えていた。その失望感のはけ口を求めてみんな、アジアを目指したのだ。

 

最後のセーフティーネット

 

 ところが、言葉もままならない彼らが就ける仕事といえば、日本語だけの対応で可能なコールセンターしかなかった。

 給与は3万バーツ(約10万5千円)。タイの物価水準を考えれば生活はできるが、約7万人規模の在留邦人社会では「最底辺」に位置づけられていた。その引け目を感じながら働く一方、仕事に対する責任感や残業もないため、ある意味気楽だ。電話の受け答えという単調な作業に我慢できれば、居心地の良さを感じる者も少なくない。そこは日本で居場所を失ったロスジェネたちにとっての、最後のセーフティーネットなのかもしれなかった。

 最近さかんに、引きこもりの長期化や高齢化に伴って、80代の親と50代の子どもが生活に困窮する「8050問題」が顕在化している。

 今年5月に起きた川崎市多摩区の殺傷事件、7月の京都アニメーション放火殺人事件の両容疑者、そして同時期に元農林水産省の事務次官に殺害された長男はその子ども世代だ。

 私の偏見かも知れないが、もし彼らがバンコクに渡っていたら、日本ほど生きづらさを感じなかったかもしれないと、コールセンターの取材を通して思うのだった。

[筆者]

ノンフィクションライター

水谷 竹秀(みずたに たけひで)

 

(KyodoWeekly11月25日号から転載)

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