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「枝葉末節」を生き返らせる 報道の現場で出会った人々

 本誌コラム「アジアの風」を執筆する、ジャーナリスト舟越美夏さんは7月、長年務めていた共同通信社を退職した。在職中はカンボジアのプノンペン支局長、マニラ支局員を歴任するなど、アジアを中心に取材活動を展開。彼女がこれまで世界の紛争地などで出会った人々について、記事にできなかった言葉、表情、息づかいを「愛を知ったのは処刑に駆り立てられる日々の後だった」(河出書房新社)という一冊にまとめた。著者に自著を語ってもらった。(編集部)

 

 友人の写真家は、風景や人物などの被写体を「スライド写真」の形で記憶し、必要に応じて自在に取り出すことができるという。編集者の友人は、特徴ある作家ならば、長い語りでも音声録音機のようにそのまま記憶にとどめることができるそうだ。

 私の場合、取材で記憶にいつまでも残るのは、対象の何気ない言葉とその言葉が発せられた時の体の一部、例えば手の震えなどである。つまり、日々の報道では「枝葉末節」として削除されてしまう類なのだ。

 地方紙などに記事を掲載していただく通信社は、その長さに非常に厳格だ。長い企画記事でも、400字詰め原稿用紙に換算すれば5枚半ほどの長さでしかない。私の場合は行数合わせのために文言を削る作業に長い時間が必要だった。取材が深いほど、心に残るものであるほど、削る作業は苦しい。締め切り時間をにらみながら、最終的には私にとって重要な枝葉末節を落とすしかなくなることがよくあった。

 しかし、行き場がなくなった枝葉末節は、私の中でいつまでもうごめいていた。書かれなければならなかった―。そんな声が頭の隅に積もっていった。枝葉末節を生き返らせて構成し直し、七つの物語からなる本にまとめる機会を得た。それがこの本である。

 物語の主人公は過酷な日々を生き抜いてきた、あるいは生きている人々である。

 一度は復讐(ふくしゅう)のために自爆テロの実行を決意しながら翻意した女性、元ロシア軍特殊部隊兵士、反政府武装勢力による学校占拠事件で子どもをなくした母親たち、カンボジアの元ポル・ポト派少年兵士、中国政府への焼身抗議を実行した十代のチベット女性の母親、女性が自己表現することに危険が伴うアフガニスタンで詩作に喜びを見いだした少女たち、誤った情報に基づきテロ組織の幹部と断定され、米中央情報局(CIA)に15年間も拘禁された北西アフリカのモーリタニア人男性。平凡な日常と幸せを求めて日々を過ごしていたのに、歴史の荒波に放り込まれ苦悩する。

 しかし彼らは他者に、時には敵の立場にいる人間に、深い思いやりを抱いていた。なぜ極限の状況に立たされた人に、そんなことが可能なのだろうか。耳を傾けながら圧倒され、その理由を知りたいと思った。

 例えば、モーリタニア人のモハメドゥである。彼はキューバにある米軍の秘密施設グアンタナモ収容所で米同時多発テロの「黒幕」アルカイダの幹部として拘束され、過酷な尋問と拷問を受けた。

 しかしモハメドゥは、上官の命令で自分を殴る若い兵士の将来を懸念していた。「この若者は自分の行為に一生、苦しむだろうな」

 グアンタナモ収容所から輸送されて15年ぶりに解放された時は、こう語った。「私を不当に扱った人々を許します」

 自分の人生を踏みにじり続ける国をなぜ許せるのか。私だったら許さない。そう問う私にモハメドゥは答えた。

 「憎しみに支配されたくない。何者にも支配されない自由、これこそが今の自分に最も重要なんだ」。敵を愛する者は聖者に近づく、とイスラムは教える。諭すようにそう付け加えた。

 取材地は外国だったが、日本社会の過去と未来がいつも頭の端にあった。兵士として戦場を経験した人々の話は、米国の戦争を積極的に支援するということは何に加担しどんな人々を社会に抱えることになるのかに思いを巡らした。

 「どこの国でも戦場を経験した者は一般社会に戻れない」とロシアの元特殊部隊兵士は言った。「日本だって同じだろう?」

 日本で準備できることは限られていたから、取材はいつも綱渡りだった。目的の人に会えるかどうか確たる保証はなく、幸運を懸命に祈り、飛行機に乗った。だから、実際に目的の人にたどり着いた時は、天に感謝したい気持ちだった。

 そんな祈りが通じないこともあった。2017年、カンボジアの元ポル・ポト派のナンバー2、ヌオン・チアにインタビューを試みた時である。カンボジア政府と国連が設置した特別法廷に逮捕され、拘置所で10年の月日を過ごしていた彼は、すでに91歳。体調が思わしくなく、度々病院に担ぎ込まれていた。

 最期の日はそう遠くない。そう思い、特別法廷の判事らにヌオン・チアへのインタビュー許可を求める手紙を書いた。判事らの同意を得て、私はプノンペンに飛んだが、最後の最後でインタビューは実現しなかった。誰が妨害したのかは明確ではなかったが、手を尽くしても会えないのだから仕方がない。

 「せめてヌオン・チアの最近の様子を知りたい。会いに来てくれないか」。彼の身の回りの世話を担当していた元少年兵に連絡した。北西部の町からわざわざ来てくれた元少年兵と食事を交えて何時間も話した。

 元少年兵と出会ってから15年以上の年月が経っていたが、この時に初めて彼は、自身の少年時代について口を開いた。10歳そこそこで処刑人の役を担わされていたのだ。「純粋なカンボジア人の国を建設するため」という命令を忠実に実行し多数のベトナム系住民を処刑した夜。個人的な愛情を否定する厳しいポル・ポト派の教育を受けていた彼が今も忘れない、ベトナム系少女への初恋―。

 人はなんと予測不可能なのだろうか。人間の残酷さと希望を象徴する彼の物語が、この本のタイトルとなった。

 

(KyodoWeekly11月4日号から転載)

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