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TPPこそ最大の「敗北者」 日米貿易協定決着の意義

 日米首脳会談で決着した貿易交渉の意義について、(株)共同通信社に発足した「食と農と地域経済」をテーマとする研究組織「共同通信アグリラボ」の所長が総括した。(編集部)

 

 世界最大の経済大国である米国と3位の日本による大型貿易交渉として注目された日米貿易協定は、安倍晋三首相が「(敗者不在の)ウィンウィン」と自画自賛する形で9月25日に最終合意した。環太平洋連携協定(TPP)が政治問題化し、徹夜の難交渉を繰り広げたのと比べると、あっけないほど実務的であり、日米関係を不必要にこじらせなかったという点では評価できる。

 ただ、日米貿易協定の決着によって、米国がTPPに回帰する可能性はほとんどなくなり、TPPの挫折は確定的になった。「TPPは21世紀型の通商ルールの礎」(安倍首相)と、グローバル化の加速を狙った通商政策の失敗だ。敗者不在どころか、骨抜き同然となったTPPこそ最大の敗北者だ。

 

反グローバリズム

 

 日米貿易協定を評価するためには、なぜ米国がTPPから離脱したかを理解しなくてはならない。それには前回の米大統領選挙が本格化した2016年初めにさかのぼる必要がある。選挙戦の早い段階でTPP離脱を主張したのはサンダース氏ら民主党左派であり、その支持率の急上昇をみたトランプ氏は共和党でありながらTPP離脱を公約に掲げた。さらに遅れてクリントン候補が「協定反対」に追随した。TPPを主導したオバマ政権の正統な後継者を自認していただけに、苦渋の決断だったに違いない。

 この一連の流れの最重要ポイントは、TPP離脱は幅広い民意に支えられており、決してトランプ大統領の気まぐれではないということだ。中でも強い反発を招いたのがISDSと呼ばれる投資をめぐる紛争解決手続きだった。企業が進出先の制度変更で不利益を被った場合に国や自治体を訴えることができるという点が「もうかるのはグローバル企業だけ」「主権侵害」という反発を招き、ISDSは「反グローバリズム」の象徴ともいうべき憎悪の対象となった。

 ISDSに対する反発は米国だけではなく欧州連合(EU)でも根強く、今年2月に発効した日EU経済連携協定は交渉段階からISDSを含んでいない。米国抜きで発効したTPPも、ISDSに関しては「投資の合意・許可」など中枢部分が凍結され、骨抜きになっている。TPPに懐疑的だった筆者としては当然の帰結だと感じる。

 

古典的な関税協定

 

 日米の合意内容は、データの自由な流通のためのルールを整備する「デジタル貿易協定」を除くと、実質的に「21世紀」どころか古典的な関税協定だ。

 農業分野では、現行のコメの高率関税や小麦・大麦の国家貿易を維持。米国産牛肉の輸入急増に備えるための緊急輸入制限(セーフガード)の発動基準に懸念が残るものの、TPPで米国産コメ向けに設けた無関税の輸入枠の設定も見送り、全国農業協同組合中央会(JA全中)は、「生産現場に安心感を与える」(中家徹会長)と評価した。

 一方、自動車・自動車部品では、追加関税や数量規制を回避できた。関税撤廃は「さらなる交渉」という表現にとどまり、具体的な成果がなかったが、経団連など産業界は「最悪の事態は避けられた」と、ほっとしているだろう。

 安倍首相は野党時代にTPPに反対し、政権を奪還するやTPP推進に転じ、揚げ句の果てに「反グローバリズム」という国際潮流を見誤り、「トランプ大統領を説得すれば米国がTPPに戻ってくる」と勘違いした。

 TPPと日米貿易協定を通じ、農産物の関税撤廃・大幅削減という大きな犠牲を払いながら、それに見合うだけの見返りをほとんど得られず、関税交渉としても敗北。さらに「成長戦略」の柱と位置付けた貿易・投資の自由化は、肝心の「投資ルール」の分野で行き詰まった。「ウィンウィン」というよりは、土俵を割った力士が「大けがしなくて良かった」と語るのに例えた方が実態に近いだろう。

【筆者略歴】

共同通信アグリラボ所長

石井 勇人(いしい はやと)

1981年共同通信社入社、ワシントン支局、経済部次長、前橋支局長、編集委員室次長、岐阜支局長などを経て、2019年9月から株式会社共同通信社取締役・共同通信アグリラボ所長。

著書に『農業超大国アメリカの戦略―TPPで問われる「食料安保」―』など

 

(KyodoWeekly10月14日号から転載)

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