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フィリピン移住という選択 2千万円問題で揺れる国から

 前回の参院選挙直前に「老後資金2千万円問題」が噴出、安倍政権は選挙の争点化を避けるため、金融庁の審議会がまとめた報告書の受け取りを拒否するなど大きな混乱を招いた。だれもが気になる老後資金問題をよそに、フィリピンに移住し、幸せに暮らす人たちもいる。アジアでの取材経験が豊富な水谷氏に「移住」を選択した人たちの姿を描写してもらった。(編集部)

40歳年下の妻、エメリーナさんと年金生活を送る中澤さん(右)。「フィリピンなら出会いがあります」と言い切る

若い妻と月10万円で生活

 

 スマートフォンのスクリーンの向こうから、豪快な笑い声が聞こえてきた。

 「年金は毎月18万円もらっています。家賃も含めて生活費は10万円以内で暮らしていますが、十分幸せです。物価の安いフィリピンにいれば何も困りません。それに私には若い奧さんもいますから、ハハハハハ」

 私が書いた「脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち」(小学館文庫)の最初に登場する中澤久樹さん(70歳)である。

 少し日に焼けた、健康的な肌に黄色いTシャツ、短パンというラフないでたちは、南国に暮らす人々のトレードマーク。「長袖や長ズボンは買わないから服にお金は使いません」と、中澤さんはまた笑う。フィリピンの平均気温は27度だから、1年中、Tシャツと短パンでも平気だ。

 中澤さんは現在、フィリピン中部のセブ州マクタン島にある2階建ての一軒家で、40歳年下の妻、エメリーナさん(30)と6歳の息子と3人で暮らす。家賃は8千ペソ(約1万6千円)。1階がキッチンに居間、2階は3部屋という間取りで、決して大きくはないが、3人で暮らすには十分だ。

 「10万円の生活費以外は、妻や子どものために貯金しています。将来、土地と家を買って残してあげたいのです」

 フィリピンの物価水準は、商品にもよるが、日本の3分の1から5分の1程度。たとえばコンビニで買うビール1本(330ミリリットル)は30ペソ(約60円)、マクドナルドのバリューセットが100~200ペソ(約200~400円)だ。

 経済成長率6~7%を維持するフィリピンの物価は上がっているとはいえ、高級リゾート地へ行ったり、日本料理店やゴルフ場に通ったりするなどで散財しなければ、中澤さんの年金でも貯金できる。

 昨今の日本で話題になっている「老後資金2千万円問題」は、海外移住者にとってはどこ吹く風かもしれない。その話に及ぶと、中澤さんは半ばあきれたように言う。

 「老後の生活の質はピンからキリまであるのに、一律にいくらと決めるのはダメだと思います。質素な生活ができる人もいるし、豪華な生活を望む人もいる。いろいろな価値観がある中で、老後の生活費を決めること自体がおかしいのではないですか? 日本での年金生活は大変かもしれませんが、物価の安い国なら十分満足に生活できますよ」

「楽園」を思わせるフィリピンのリゾート地

電気や水が止まっても

 

 外務省の海外在留邦人数調査統計によると、2017年10月1日現在、海外に在留する日本人の総数は約135万人。平成元年の1989年から倍以上になった。中澤さんのような永住者は、このうち約48万人で増加傾向にある。

 フィリピンの在留邦人数は1万6570人で、永住者はこのうち全体の3分の1を占める。

 「仕事を引退して年金が受給できるようになったらフィリピンに移住しようと思っていました。私の年金額は、一般的な月額平均には及ばない。だから持ち家があっても日本では十分に暮らせないでしょう」

 生まれ故郷の高知県で長年タクシー運転手を続け、老後を意識し始めた中澤さんの頭には不安がよぎった。果たして日本で豊かな老後を送れるのか。

 当時通っていたフィリピンパブを通じて南国へ足を運ぶようになり、そこから二転三転して今の妻と出会った。いわゆる「年の差婚」で、経済格差のある両国間では特に珍しくない。

 本格的に移住したのは今から8年前。だが、異国の地でつかんだ幸せの裏側には、物価の安さや温暖な気候という条件だけでは測れないその国特有の事情もある。言葉や文化が異なる上、渋滞や停電など、インフラ面の不備にストレスを感じるからだ。ひとたび大雨が降れば、洪水にもさいなまれる。

 「電気は止まるわ、水は止まるわで腹が立つこともありますが、我慢です。日本のように腹を立てたらアウト。だってフィリピンは日本と全然違うんだよ。仕方がない。日本と同じようにはいかないよ」

 そう語る中澤さんはおおらかな性格ゆえ、そうした環境にも順応できるが、中には日本の価値観を持ち込み、トラブルを抱える日本人も少なくない。

 日本の役所を退職後、マニラに1人で年金暮らしをする日本人女性(60代)は、慣れない環境から時々孤独を感じると漏らしていた。

 「言葉の問題から言いたいことが伝えられないストレスがあります。ちょっとした水漏れをどう説明したらいいのか。困ったのは1人でいること。寂しさとかいらだちとか、そういうのを解消する方法がないとやっていけないです」

 フィリピンでは住民たちが真っ昼間から「ビデオケ」と呼ばれるカラオケ機器を使って大音量で歌う習慣がある。ところが彼女は、隣人の部屋から漏れ聞こえる歌声に耐えられず、怒鳴り込みに行ったという。

 文化や習慣の違いもさることながら、海外では医療も不安要素の一つだ。

 日本と同水準の医療が受けられるかどうか。都市部の著名な私立病院であればそれなりの設備に加え、言葉の面も含めて日本人をサポートする体制が整っている。だが、地方にそれは望めない。国民健康保険や海外旅行保険に加入しているか否かも個人によって差があるため、大病を患った場合は帰国する人、現地の病院で治療する人に分かれるようだ。

クリスマスに家族で食事を楽しむ吉岡さん(右)。フィリピンの魅力について「家族のつながりが強いところ」と語る

幸せの基準

 

 こうした年金暮らしの海外移住組とは対極にある日本人が出没するのも、フィリピンの特徴だ。俗に「困窮邦人」と呼ぶ。パブで出会ったフィリピン人女性を追い掛け、散財して経済的に困窮する日本人のことである。

 援護を求めて在フィリピン日本大使館に駆け込み、日本にいる親族に送金を頼むも、長年音信不通などの理由で拒否される。やがてはホームレスと化し、フィリピン人住民の世話になって生き延びるのである。中澤さんも一歩間違えれば、その状況に陥る可能性はあった。

 首都マニラから車で約1時間半北上した、ルソン島ブラカン州の古びた家で生活する吉岡学さん(仮名、57歳)もその一人だ。32歳年下のフィリピン人妻、ロナさん(25歳)と6歳の息子1人を育てながらつましく暮らしている。

 日本で長年勤めた大手警備会社を退職し、パブ通いを機に2004年、フィリピンへ渡った。しかし、追い掛けた女性に有り金を使い果たし、ビザを更新する金がなくなって不法滞在に。正規に働くことができず、衣料工場や建設現場などローカルな職場を転々としてきた。現在は、鶏肉を搬送する運送業者で働き、月々9千ペソ(約1万8千円)の収入を得ている。年金などはない。

 「稼ぎは少ないですけど、それで十分食べていけます」

 食費は、地元の食堂でおかずを買うなどして1日3食、100ペソ(約200円)以内で済ます。それ以外には、携帯電話の通信費用や日用品などに使うだけで、綱渡りながらも吉岡さんは何とか生きていた。

 「それで妻も子どももいます。困窮はしていますが、決して不幸ではありません。子どもが学校に行き始めたので、その成長過程を見るのも楽しみです」

 もっとも吉岡さんの場合、タガログ語を駆使し、地域社会に溶け込む順応性が備わっているからこその生活スタイルだ。在留邦人社会の中でも極めて異色の存在である。日本に帰国するつもりはなく、大病を患ったら「妻や子どもに迷惑を掛けたくないからこの世からいなくなります」という吉岡さん。フィリピン人に囲まれた生活に、居心地の良さを感じている。

 「日本で年金をもらっていても、独り寂しく暮らす高齢者たちは、お金があっても不幸だと思います。老後の資金は本当に2千万円も必要でしょうか?」

 幸せの基準は人ぞれぞれで、海外移住の形態も十人十色だ。

 メイドを雇い、左うちわでゴルフざんまいの暮らしを楽しむ人もいれば、吉岡さんのような綱渡り人生でも、幸せを感じられる瞬間がある。「2千万円問題」に端を発した老後への不安が高まる中、海外移住という選択肢は今後も関心を集め続けるだろう。

【筆者略歴】

ノンフィクションライター

水谷 竹秀(みずたに たけひで)

1975年三重県生まれ。上智大外国語学部卒業後、カメラマン、フィリピンでの新聞記者などを経てノンフィクションライター。2011年「日本を捨てた男たちフィリピンに生きる『困窮邦人』」で開高健ノンフィクション賞受賞。他著に「だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人」。

 

 

(KyodoWeekly9月9日号から転載)

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