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ホイアンのシルク

 ベトナム中部の町ホイアンは、400年ほど前に国際貿易港として栄え、日本人街があったことでも知られる。北の首都ハノイとも、南の商業都市ホーチミンとも異なる、独特の文化の香りが外国人観光客に人気だ。古い街並みが残る旧市街はユネスコの文化遺産に登録されており、そぞろ歩きを楽しむ内外の観光客で混み合っている。

 今年の5月中旬は、雨季が間近だというのに連日、気温が40度近くにまで上がった。そんな気温の中を無謀にも歩きまわり、滞在していた小さなホテルに戻ると、ロビーで差し出される冷たいレモングラスのお茶がありがたかった。

 ある日の夕方、ロビーは背の高い金髪の若者たちでにぎやかだった。3日間滞在していた8人ほどのデンマーク人のグループが、チェックアウトして南部ホーチミンに向かうという。レセプションを担当する女性、マイさんはてきぱきと会計をこなし、若者たちをミニバスに乗せて空港へ送り出した。

 ロビーは急に、祭りの後のような、ちょっと寂しい静けさに包まれた。

 「座ってもいいですか」

 ソファでお茶を飲んでいると、マイさんが近寄ってきた。腰近くまである長い黒髪、細面に切れ長の目。民族衣装のアオザイは最近人気の丸襟のデザインで、深いグリーンが黒髪を際立たせている。もちろん、と椅子を勧めると、マイさんは素直に腰を下ろした。

 「最近、カレと別れたんです」。唐突にマイさんが話し始めた。18歳の時から4年間付き合った人だったが、マイさんの両親が反対した。仕方なく別れたが、互いを思う気持ちは強いままで、彼からは毎日のように携帯電話にメッセージが入る。返信したい気持ちをマイさんは抑えている。

 彼は4歳年上の26歳。南部出身で野心に満ちた起業家のようだ。急速な発展を遂げるベトナム経済の波に乗っている。だがその点こそが、マイさんの両親が彼を娘から遠ざけたい理由なのだ。

 「中部の人は南部の人と価値観が違うんです」。経済的豊かさよりも、穏やかでゆったりとした日々や緊密な家族関係を大事にするのが、中部の価値観なのだという。ビジネスに夢中になっている家庭を顧みない男性とは、幸せになれない、と両親は別れるように言ったという。

 しかし、マイさんは4年間も付き合った人を簡単には忘れられない。とはいっても、両親を裏切って結婚しても幸せになれない、とも思う。「彼からのメッセージに返信しない方がいいですよね?」。複雑な胸のうちを説明するうちに、マイさんの瞳から涙があふれた。「デンマークの陽気な若者たちを接客していると気が紛れたんですけど」

 マイさんの涙をよそに、私はひそかに感嘆していた。お金でははかり切れないものを重視する人々と、豊かな生活と自分の可能性を追求する若者。自由な恋愛と両親への忠信。急速に変わっていく社会では、誰もが経済的豊かさを最優先に考えているのだと思っていた私はなんと単純なのだろう。

 「あなたなら、これからたくさんの出会いがあるはず」。私はありきたりの言葉しか思いつかなかったが、確信はあった。

 「昨晩は聞いてくれてありがとうございました」。翌朝、ホテルをチェックアウトする私に、マイさんがベトナムシルクを使ったグリーンのポーチをお土産にくれた。辛い気持ちを精一杯隠そうとする美しい笑顔。その初々しさがちょっと、うらやましかった。

ジャーナリスト 舟越 美夏

 

(KyodoWeekly7月15日号から転載)

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