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森の魔力

 森と人との不思議なつながりの話を聞いた。舞台は、ベトナム中部の「中部高原」と呼ばれる、かつて深い森に覆われていた地域である。

 中部高原は、かつてフランスなど外国が征服を目指した地域だ。高地ゆえに、軍事的要衝になり得るとみなされたからだ。フランスは、植民地支配の準備として、文化人類学者やキリスト教の聖職者を高原地帯に送り込み、地域資源や植生だけでなく、エデ族やザライ族ら森に暮らす少数民族の文化や思考なども丹念に調べた。学者の中には、本国から命じられた仕事を忘れ、少数民族との共同生活にのめり込む者もいた。独特の建築様式、民主的な村の運営、口承の物語や叙事詩など、文化の奥行きの深さに魅入られたからだった。ある学者が聞き取った叙事詩をフランスで翻訳出版したところ、古代ギリシャの叙事詩「オデュッセイヤ」に劣らないと評判になったという。

 ベトナム文学界の重鎮、グエン・ゴック氏もこの高原に魅入られた一人だ。対フランス、対米国の戦争中、氏は中部高原を主に拠点とし、抵抗勢力側の司令官などを務めた。部族の言葉を学び、彼らと共に暮らした。森とそこに暮らす人々は、大きな力だった。深い森は、南部へ移動する戦車の姿さえも覆い隠し、上空を飛ぶ敵機の偵察からも守った。

 「シベリアのタイガと違って、熱帯の森には実に多様な植物や生物が息づいている」と氏は言う。中部高原での経験を基にした氏の作品からは、氏がフランス人学者と同じように大自然と森の人々に魅せられていたことが伺える。

 「木や森の精が現れるんだよ」。何のことですか、と聞き返す私に、氏は説明してくれた。

 中部高原の少数民族の中には現在、町に出て役場の職員や軍の将校を務める人も少なからずいる。町に住むそんな人がある日、ふっと消える。数日で戻ってくる者もいれば、数カ月後に何事もなかったかのように職場に現れる人もいる。だが周囲の人たちは「どこに行っていたのか」などと聞かない。「森の精に誘われ、森に行ったのだと分かっているから」だ。

 森の精は、美しい女性や男性、時には荒々しい虎などの姿で現れ、森の人々の血に呼びかける。将校も軍服を脱ぎ、部族伝統のふんどし姿で森に入り、森の精と数カ月を過ごすのだ。中部高原の民が森の精と今も交歓できる理由は、分からない。

 最近、コーヒーやゴムの大規模植林や、道路建設で森は急速に消えている。少数民族に自殺者が増えたのは、精霊と交信できなくなることへの絶望感からではないか。「伐採がこれ以上進めば、大規模な自然災害にもつながる」。氏は開発一辺倒の政策を強く警告している。

 今も続くバーナー族の「お話の夜」の情景を教えてもらった。村の集会所に設置された一本の大木からこしらえた長椅子に、語り手の長老が横たわる。長老は目を閉じ、たばこのパイプを手に、受け継がれてきた物語を語り始める。一晩に3、4時間、十夜も続く長い物語もある。聞く者に中座は許されない。物語の運命を最後まで聞き遂げなければ、自分の運命をも途中放棄することにつながるからだという。

 ジャーナリスト 舟越 美夏

 

(KyodoWeekly6月10日号から転載)


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