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中国が譲歩した理由は 貿易戦争、習氏の権力に変調

 12月1日(日本時間2日)、ブエノスアイレスで開かれた、トランプ米大統領と中国の習近平(しゅう・きんぺい)国家主席との米中首脳会談を世界中が見守った。その結果、中国が米国からの輸入を大幅に増やすなど、一定の譲歩をしたことで、貿易戦争の激化は当面、回避された。米国に「徹底抵抗」の姿勢を示していた習政権に何があったのか。中国ウオッチャーが背景を解説する。(編集部)

 

 今回の米中首脳会談前を、少し振り返る。習氏の対外活動で、これまで見られなかった振る舞いが注目を集めているからだ。

 11月12日に、香港政府トップ、林鄭月娥(りんてい・げつが)行政長官が中国を訪れ、習氏と会った。会見写真や動画が公表されたが、原稿を手にした習氏の姿がネット上で話題となった。以前と比べ、習氏が原稿に目を落とす回数は明らかに多く、世界に衝撃をもたらすような刺激的な発言もなかったからだ。

 習氏からすれば、香港の行政長官は部下だ。部下と会見する際、原稿を読み上げることは一般幹部クラスでも珍しい。

 それだけではない。10月26日、習氏が安倍晋三首相と会見した時も、習氏は手にずっと原稿を持ちながら発言した。日本と仲良くなろうと強調する言葉が多く、表情もこれまで安倍氏と会った中で一番明るかった。

 このような習氏の変化は、たちまちネット上で話題となった。外交専門家の間に、中国の対外政策が、習氏の主導ではなくなったのではないか、ということを直感させた。

 一連の変化の転換点は、8月上旬に開かれた、非公式の「北戴河(ほくたいが)会議」にさかのぼる。河北省の避暑地で毎夏恒例となっている、習指導部や過去の指導部メンバーらが重要問題を話し合う会議だ。

 習氏は、3月の全国人民代表大会(全人代)から、8月の北戴河会議までの間、権力の頂点に立ち、自身の長期支配への道を開く憲法改正も実現できた。ようやく安定した権力を手に入れたと誰もが感じた。彼の発言は自信にあふれ、次から次へと〝強国〟の夢などを言及するようになり、個人崇拝もますます強めた。習氏が対外活動の場で発言する際、手元の原稿を気にしながら話すシーンはめったに見られなかった。

 しかし、3月にトランプ米大統領が中国を含む、関係各国に対し、鉄鋼とアルミニウム製品に追加関税を実施する方針を公表。3月下旬、米国は鉄鋼およびアルミ製品に追加関税措置を発動した。習政権もこれに対抗し、128品目の米国製品に報復関税を仕掛けた。

 4月中旬、米国は中国の通信機器大手の中興通訊(ZTE)への制裁を発動した。中国人に米国技術の重要性を認識させ、中国経済が米国に依存していることも痛感させた。米国による輸出禁止という制裁で、ZTEの経営が苦境に追い込まれるのを避けるため、10億ドル(約1100億円)という罰金を支払うことになった。

 この間、中国政府の長期戦略「中国製造2025」に関する報道禁止令が出された、と暴露された。その後、中国は自動車および自動車部品の関税も下げ、米国に対し低姿勢を貫いた。

 にもかかわらず、7月上旬、米国が中国の報復関税に対し、さらに2千億ドルの追加制裁措置を公表した。その後、先ほどの北戴河会議が開かれた。

 会議後から、中国共産党機関紙「人民日報」が「改革開放天地寛(改革開放の未来は広い)」をはじめ、中国は改革開放を継続する方針を強調する一連の社説や記事を掲載し始め、現在も続いている。この意味するところは、習氏が国家主席に就任以来、進めてきた「毛沢東時代」への逆戻り政策に終止符が打たれたということだ。

 10月中旬、中国商務省の報道官は、米中貿易摩擦が中国輸出産業に衝撃を与え、一部の企業が生産停止、リストラに直面されていることを初めて公式に認めた。米国をはじめ、先進国が中国を孤立化させる戦略が鮮明になるにつれ、中国政府は巨大経済圏構想「一帯一路」を頼りに、アフリカや中南米など世界各国に対し、友好な姿勢を見せることが多くなった。

 11月には中国政府の態度を変えさせた、もう一つ重要な出来事があった。キッシンジャー元米国務長官の訪中だ。中国人民の古い友人である彼は「米中はもう以前のような関係に戻れない。米中は対抗すべきではない」と中国に進言した。

 そして、12月1日の米中首脳会談が開かれた。会談の結果、中国は90日間の猶予を得て、米国によるさらなる制裁発動を一時的に回避できた。

 

悪くなることを望まない

 

 一方、中国人女性が7月上旬上海で、強権的な政治に反対する理由で、看板の習氏の顔に墨をかけ、その様子を撮影した動画をサイト上に掲載した。これは公開の場での「反(アンチ)・習」の動画で、世界をあっと言わせた。この事件の前後、中国はまだ強国とはいえず、米国をはじめ、諸外国と仲良くするべきだ、と唱える多くの文章が、無料インスタントメッセンジャーアプリ「ウィーチャット」で多く流れた。

 7月下旬にはまた衝撃的な事が起きた。ネット上に「私たちの恐れと期待」と題された論文が公表。習氏に対してあきらかに批判的な論調で、文書はすぐ話題となった。

 執筆者は、習氏の母校である清華大学の許章潤(きょ・しょうじゅん)法学院教授。彼の論文は、指導者の個人崇拝や、独裁を批判し、国家主席の任期制の復活を呼び掛けた。

 同じ頃、国務院発展研究所総合研究副主任の高善文氏の談話録音がネット上に流れた。それによると、高氏は米中関係の歴史を振り返り、改革・開放政策に転換を決めた、当時の最高実力者・鄧小平(とう・しょうへい)氏の対外政策を称えた。また、現在の中国は鄧氏の外交政策を放棄し、米中関係を壊したと指摘。その直後に、あの夏の北戴河会議が開かれた。

 北戴河会議で、古参のリーダーたちが習氏に、対米関係の失敗を指摘したことは想像に難くない。何より、習氏が自ら娘を米国に留学させたように、中国では、高級幹部から富裕人民まで、子どもを米国に留学させた人は多くいるため、米中関係が悪くなることを本当は望んでいないからだ。毛沢東時代の「自力更正」まで言い出した習氏としては、米国と徹底対抗したがっていたが、支持者は少なかった。

 

集団指導体制に

 

 米国が中国に対して起こした今回の貿易摩擦が、中国経済に与える打撃は極めて大きい。このため、習氏の対米関係の失敗は、中国の改革派に発言権を与え、あの北戴河会議をきっかけに、習氏の独裁から、一部の権力を取り戻すことに成功した。

 米国の中国への圧力と、経済の豊かさを追求したい中国国内の民意によって、中国指導部が以前のように集団指導体制に戻りつつある。このような権力をめぐる情勢の変化によって、習氏が率いる中国政府は米国との「和解」を進め、結果として、新しい冷戦を避ける道を選んだのであろう。

 米中貿易戦争は〝一時休戦〟と見られていたが、ここに来て、米国政府の要請に応じ、カナダ当局が12月初旬、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の副会長兼最高財務責任者(CFO)、孟晩舟(もう・ばんしゅう)氏を拘束した。12月11日、カナダ当局は孟容疑者の保釈を認める決定をした。

 表向きには米国がイラン制裁法に違反したからとして、孟容疑者を拘束させたが、実際はもっと難しい背景が隠されているという見方もある。

 孟氏が逮捕された12月1日、米スタンフォード大学の張首晟教授が亡くなった。米地元警察の発表では死因については「自殺」とされた。彼は中国系米国籍の著名な物理学者であった。彼の家族名義で公表された声明では生前、「うつ病に悩まされていた」ことが明らかにされた。

 しかし、彼の親友などがウィーチャットを通して流した情報は違っていた。孟容疑者の拘束と、彼の「自殺」の間に何らかの関連があるのでは、との見方が出た。張氏は2009年、中国当局のハイレベルな海外人材招へいプログラム「千人計画」に応じ、清華大学の特任教授に就いた。彼はファーウェイと関係があったとみられる。

 12月1日、ファーウェイの孟容疑者と張教授が、アルゼンチンでともに重要な晩餐(ばんさん)会に参加するはずであった。一方は拘束され、もう1人は自殺したのだから、会うことはなかった。

 これらの出来事が起きる前、張氏らがシリコンバレーに設立した投資会社ダンファー・キャピタルに対し、米通商代表部(USTR)が米通商法301条に基づく調査報告書にリストアップした。米国の最新技術を中国に漏えいする可能性が指摘された。

 一方、今年1月、張氏は中国国家科学技術賞を受け、習氏から賞状も授与されるなど、中国政府の評価は極めて高かった。

 張氏に関しては、中国のスパイ説や、彼が開発した技術を中国に渡すことを米国が阻止しようとしたなどという説も出ている。しかし、中国政府はそれに言及することを避け、張氏を称える文章だけを公表。中国にとっては、張氏の「自殺」にしても、ファーウェイに関しても騒ぎたくないというのが本音であろう。

 今回の孟容疑者の拘束劇は、米中貿易戦争への影響だけではなく、別の深い闇が潜んでいると見た方がよさそうだ。

(中国ウオッチャー 龍 評)

 

(KyodoWeekly12月31日号から転載)


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