国際
政治・経済・国際の解説&分析記事

娘の〝カプチル〟で父辞任

 韓国ではあまり「パワハラ」(パワーハラスメント)という言葉は使わない。「パワハラ」の代わりに使われているのは「カプチル」という言葉だ。

 この「カプ」は「甲」という漢字の韓国語読みだ。韓国語の「チル」には「行い」という意味がある。「カプチル」とは「甲の行い」という意味だ。

 つまり、社会に「甲乙丙丁」という階層があるなら、その一番上の「甲」の階層が地位や権力、財力を背景にパワハラ行為をすることを「カプチル」と言っている。

 最近、韓国で波紋を呼んだ「カプチル」事件の主人公は、小学3年生、9歳の女の子であった。

 女児のお父さんは、韓国で最大部数を誇る新聞社の社長の次男だ。つまり女児は、大新聞社の社長の孫娘である。

 この新聞社は社主が経営を掌握し、オーナー一族が経営権を握っている。このため「言論財閥」と言われたりもする。女児のお父さんも、系列ケーブルテレビ局の代表理事・専務を務めていた。

 発端は11月16日の韓国の放送局MBCの「ニュースデスク」の報道だった。9歳の小学生が50歳代後半の男性運転手に対して投げ掛けた「暴言」が報じられた。

 MBCによると、男性は、7月末からケーブルテレビ局の運転手として採用された。ただ、実際の仕事は、専務の2人の子どもたちの学校や習い事の送り迎えや、専務夫人の雑用処理だった。

 男性運転手は朝7時半ごろ出勤し、運転だけではなく靴磨き、買い物、洗濯物の受け取りなどをしたが、一番困ったのは専務の娘の暴言だったという。

 男性は「たたいたり、耳元で怒鳴ったりもして(交通事故が起きるのではないか)不安でした。ひどいときは車のハンドルまで触りました。これを誰が信じてくれますか」と訴えた。

 

悔しくて録音

 

 MBCが紹介した会話では、娘は「おじさん、おじさん! また、叫ぼうか。もう、おじさんとは生活しない。おろして、すぐにおろして」と男性を困らせた。さらに娘は「本当に、お母さんに話さなければならない、おじさん、本当に解雇されたいの?」と脅し、男性は10月24日に、ケーブルテレビ局から解雇を言い渡されたという。

 男性は悔しくて録音した一部を専務夫妻に聞かせた。すると夫人が娘に謝罪させたという。だが、その直後、男性は「明日から来なくていい」と言われた。

 MBCは男性の給与がケーブルテレビ局から支払われており、男性が専務の子どもや夫人の送り迎えや、雑用をさせたことは問題だと指摘した。

 これに対し、ケーブルテレビ局側はMBCに対し、男性運転手が専務夫妻や家族を脅迫しようとして、会話を録音したもので、解雇は車の清潔さや勤務態度が不十分だったからと反論した。

 その後、メディア評論を中心に活動している「メディアオヌル」が11月21日、さらに詳しくこの事件を報道した。

 インターネット上で、娘の男性への暴言の音声記録を公開したのだ。

 「おじさんはクビだ。本当に頭がおかしいよ」「嫌だと言ったでしょう。私がなんで座らなければいけないの、なんで、私の車だ。おじさんの車じゃないでしょ」といった会話が公にされた。

 男性運転手が我慢できず「(解雇)しな。思い通りに。やりたければ」と言うと、娘は「私がおじさんのその一言に驚くと思う? 私は負ける人間じゃないよ」と答えるなどしている。

 日本語に訳すと実感がうまく伝わらないが、かなりひどい言い方だった。

 

「ナッツ姫」にならないで

 

 メディアオヌルによると、ケーブルテレビ局の専務側の法律代理人は「公人でもない未成年者の子どもであり、両親も望んでいないのに、その声を公開するのはあまりに行き過ぎた報道だと考える」と抗議した。

 だが、この事件を他のメディアも報道を始めると、暴言を吐いた娘の父親は11月22日、国民への謝罪文を発表した。

 それによると、今回の出来事について父親は「自身の娘の問題で物議をかもし、頭を下げて謝罪申し上げる。子どもをちゃんと教育できなかった私を叱ってください」とし「運転手の方にも、心を傷つけたことを改めておわび申し上げる」と謝罪した。その上で、ケーブルテレビ局の代表理事職からの辞任を明らかにした。

 韓国での代表的な「カプチル」は、日本でも大きく報道された大韓航空の「ナッツ姫」こと、趙顕娥(チョ・ヒョナ)・大韓航空前副社長の事件だろう。

 趙前副社長は、2014年12月、大韓航空機内でナッツを袋入りのまま出した客室乗務員に怒り、出発しようとしていた航空機をゲートに戻させ、離陸を遅らせた事件で、執行猶予付きの有罪判決が確定。いわゆる「ナッツ事件」だ。

 趙氏は世論の批判を受け、大韓航空の役職を解かれたほか、家事手伝いのフィリピン人を違法に雇った疑いがあるとして入管当局にも事情聴取された。

 韓国では財閥一族の「カプチル」への国民の反発が根強い。韓国社会の「持てる者」と「持たざる者」の葛藤激化が生み出した現象だが、こうした事件が続発しても「甲」の立場にある人たちの姿勢にあまり変化がないようにも見える。9歳の少女が、今回の事件を反省材料に、大きくなって「ナッツ姫」にならないことを願いたい。

ジャーナリスト 平井 久志

 

(KyodoWeekly12月10日号より転載)


PR特別企画
スポーツ歴史の検証
スポーツ歴史の検証
TAFISAワールドコングレス2019

K.K. Kyodo News Facebookページ

ニュース解説特集や映像レポート、エンタメ情報、各種イベント案内や開催報告などがご覧いただけます。

矢野経済研究所
ふるさと発見 新聞社の本
DRIVE & LOVE
11月11日はいただきますの日
野球知識検定
キャッチボールクラシック
このページのトップへ