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極秘作戦の陰に

都内で開かれたグエン・ゴックさん(正面右)の講演会

 11月初旬、訪日したベトナム文学界の重鎮、グエン・ゴックさんと、十数年ぶりにお会いした。東京・新宿の居酒屋での夕食会に現れた彼は、86歳の今も背筋がピンと伸び、かくしゃくとしてかっこいい。同行している20代の秘書と、30代の雑誌記者も打ち解けた雰囲気だ。

 あいさつもそこそこに、私は邦訳された彼の著書「海のホーチミン・ルート」(光陽出版社)について尋ねた。長く知られることがなかった歴史の事実に光を当てたルポルタージュ文学だ。ベトナム戦争中、北ベトナムから南部の抵抗勢力に海路で武器を輸送する極秘作戦があった。危険な作戦を成功に導いたのは、商店の女主人や漁民ら普通の人々だった―。

 「どうやってあんな人たちを探し当てたのですか」。グエン・ゴックさんはほほ笑みを絶やさずに、私のどんな質問にも耳を傾けてくれる。だが答える時の彼の目に一瞬、鋭い光が横切り、私はどきりとし、思い出す。

 グエン・ゴックさんは元軍人なのだ。執筆活動は10代のころからだが、ベトナム戦争中は大佐として作戦を指揮したこともあった。彼の作品は、戦争がもたらす人間の残虐さや理不尽さを体で知り尽くした上で、生み出されている。そのことに、改めて気づく。

 「ベトナム戦争の勝利の陰に多数の女性がいたことは、書かれていなかった。英雄ではなく無名の人々を取り上げるのが作家の使命だと思っています」

 グエン・ゴックさんの言葉に、思わず私は言った。「スベトラーナ・アレクシエービッチさんもそうおっしゃっていましたね」。歴史に埋もれていた元女性兵士らの証言を掘り起こした著作で2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家だ。

 「彼女とは1988年にハノイで会いましたよ。ソ連の作家代表団の一員でした」と、グエン・ゴックさん。冷戦末期の激動の時代にあったソ連とベトナム。戦争の傷痕が色濃い二つの国に生きる作家が、静かに、だが情熱的に語り合う場面が頭に浮かんだ。アレクシエービッチさんは、ソ連の検閲を受ける前のフランス語の原稿を見せたという。

 それにしても、グエン・ゴックさんは、戦場での記憶をどう自分の中で消化しているのだろう。私は少し前に、ベトナム戦争に行った70代の米国の退役軍人から、戦場体験のトラウマに苦しんだ数十年の日々について聞いたばかりだった。市民が虐殺されない戦争はない。祖国の独立を守る戦いであっても、その事実が兵士の心身に与える傷は深いはずだ。だが目を凝らしても、グエン・ゴックさんの伸びた背筋やほほ笑みからは、傷の片りんもうかがえない。

 この言葉にはっとした。「われわれは、対フランス、対米国という2度の熾烈(しれつ)な戦争を強いられた。あの戦争を避ける手段はなかったのだろうか、と今も考え続けている」。武力行使に反対したベトナムの民族主義指導者、ファン・チュー・チンを研究し、その思想を若い世代に伝えているという。グエン・ゴックさんは、次世代に希望を託す活動に力を注ぐことで、悪夢の記憶を乗り越えてきたのではないか。そう思った。

共同通信記者 舟越 美夏

 

 (KyodoWeekly12月3日号より転載)


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