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馬さんが辞める本当の理由 中国政府の〝富狩り〟背景か

 中国の電子商取引(EC)最大手のアリババグループの馬雲(ば・うん)会長(54)は9月10日、アリババ創業20周年の節目となる来年9月10日に退任することを明らかにした。いきなりの辞意表明の背景には、中国政府が最近、富裕層をターゲットに強化している〝富狩り〟があるのでは、との見方が広がっている。中国ウオッチャーの龍評氏が詳しく解説する。(編集部)

 

 馬氏が突然、引退を表明した。しかも中国ではなく米国で公表。彼の事業は順調に発展し、年齢的にはまだ若く、マーケット関係者のみならず、世間は驚きをもって受け止めた。引退理由については、 米マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏のように、慈善事業に専念する、と信じられている。実際はどうであろう。筆者は馬氏が辞めるというニュースを目にした途端「やっぱり」と感じた。さすが彼は習近平政権に近い人物で、政府内で何が起こっているかを悟り、これから訪れるだろう危機的な状況から一足早く逃げたようだ。

 

富の再配分?

 

 馬氏が引退をする理由を探すには、約100日前にさかのぼる必要がある。今年5月末、中国を代表する人気女優のファン・ビンビンさん(37)が突然、二重契約で巨額脱税の疑いがあると告発された。その後、彼女は消息が伝えられていない。(※10月3日の新華社電によると、中国国家税務総局などはファンさんと関連企業が映画の出演料を巡り計約1億4千万元(約23億円)を脱税したと認定し、ファンさんらに追徴課税や滞納金、罰金計約8億8千万元(約146億円)の支払いを命じたという)

 ホテルでの軟禁説や、当局に逮捕されたなど、さまざまな憶測の報道が出た。ファンさんはルックスとスタイルとも抜群で中国で一番の人気女優とされ、知名度も飛び切り高い。彼女の行方については、外国人記者までが記者会見で、中国政府スポークスマンに質問をする事態になった。返答は結局のところ、「それは外交案件ではない」とごまかされたが、今回の事案の影響はかなり深刻であることを物語る。

 彼女が行方不明になった後、豪邸にあるはずの数台の外車が消えた説、拷問されたのではないか説、はたまた彼女が中国政府高官と深い関係にあった説などと報道された。

 その中でも一番多かったのは彼女が巨額の税金を追納された上で投獄されることだった。つまり、彼女の身に起きたことは中国政府が富の再分配を狙い、取り締まりを強化するという〝富狩り〟が始まったことを示唆した。馬氏ら富裕層はそのメッセージを敏感に感じ取ったのではないか。

 また、奇妙なのは9月初め、「中国影視明星社会責任研究報告(中国映画テレビスター社会貢献研究白書)」が公表され、社会責任指数の項目になんとファンさんがゼロ点と書かれていた。彼女は巨額収入を得たにもかかわらず、脱税の上に社会貢献度もゼロだと証明されようとした。このようなタイミングで「白書」が公表されると、特に富裕層たちは何かを感じないはずがない。すでにネット上では、その「白書」はスターたちをはじめ、お金持ちに発した警告だといわれている。ある有名弁護士も自身のブログで「中国企業家の運命は監獄の中にいるか、監獄へ行く途中なのか」と指摘した。

 中国政府の富狩りは今に始まったことではない、数年前からすでに行われていた。特に2017年の第19回共産党大会、翌年の全国人民代表大会(全人代)とますます厳しくなった。私営の企業に必ず中国共産党支部を設立するよう求められたほか、有名な私営企業が次から次へと不祥事に陥った。

 

謎の死因

 

 代表的なのは大連万達集団だ。不動産バブルで中国一のお金持ちに登りつめた大連万達集団トップ王健林(おう・けんりん)氏が政府の海外資金流出制限令を受け、13の文化旅行施設や76のホテルを緊急売却しなければならなくなった。彼本人も以前に比べ、マスコミの露出が減り、発言も慎重になり、党の方針に従うことしか言えなくなった。その妻も企業の役職を退いた。

 もっと不可解なことは今年7月初め、民営大手の中国海航集団会長の王健(おう・けん)氏がフランスで謎の死を遂げたことだ。会社側は事故死と公表したが、信じる人は少ない。政府の秘密を知りすぎて暗殺された説や、会社の権力争いで殺された説などの報道が飛び交った。死因はいまだに謎のままだ。これ以前にも当局から〝因縁〟をつけられて投獄された企業トップも多くいる。以上のようなさまざまな出来事が馬氏にとっては、〝警鐘〟になるのも当然だろう。

 ファンさんの事案は、馬氏の引退を決断させた引き金であったと思われる。早く逃げないと、ファンさんや王氏ら富豪たちの二の舞いになる。これこそが馬氏辞意表明の真相ではないか。本来であれば、彼は自国で引退宣言すべきであるが、わざわざ米国を選んだことも興味深い。

 馬氏が引退を宣言して間もなく、中国でまた奇妙なことが起きた。9月11日、著名な中国経済コラム作家で、杭州米雲科学技術有限公司創立者の一人、呉小平(ご・しょうへい)氏が突然「中国私営経済の使命は終わった」という短文を公表した。馬氏が引退宣言した直後に出されたこの文章の衝撃は大きかった。

 馬氏の引退表明を受け、民営企業家、大富豪らは第一線を退かないとろくなことにならない、という思いを一層強めたことに加え、私営経済の退場論まで持ち出されると、政府がついに私営経済を許さなくなったと国民の多くが感じてしまうからだ。呉氏は私営経済の終結論だけではなく、新たな公私合弁企業こそがこれからの時代にふさわしいと断言した。

 1945年、新中国が設立しされた途端、公私合営と称し資本家の財産は取り上げられ、資本家が中国本土から一掃された。その後全財産を政府にささげた資本家たちは迫害されたり、海外に逃げたりして、よい結末に迎えた人は少ない。

 今になって、急に私営経済が終わりだといわれると、中国政府は再び「公私合営」をやろうとするのではないかと思わざるを得ない。

 

熱くなる移民ブーム

 

 この衝撃の大きさに、中国政府の反応も素早かった。マスコミを使って、政府が私営経済を終焉(しゅうえん)させる意向がまったくないとの文章を掲載し、あわてて呉氏の説を否定した。

 しかし、すでに遅かった。粛清を恐れて、中国の民営企業家らの富裕層は移民に望みをかけ、財産を海外に移し始めたようだ。以前からあった移民ブームは一層熱くなるであろう。呉氏の文章が公表された日の午後だけで、筆者の中国本土の友人から、日本への移民についての問い合せの電話があった。これまで移民に関心がない人々まで移民を考えるようになった。

 そもそも中国のお金持ちはある程度の資産をためると、すぐ中国以外の国で家を買うのが慣習になっていた。だから腐敗で摘発される中国の幹部たちもほぼ海外で資産隠しをしている。 多くの私営企業家はまず投資移民をし、そしてまた中国に戻って経営活動をする。彼らの多くは投資移民制度に寛容なカナダや米国に集中している。

 2018年に米国人口調査で公表されたデータによると、米国の華人(中国系人民)人口は452万に上る。人民日報に所属する人民網の報道では、15年から米国、カナダ、英国、オーストラリアの各国で移民数のトップはいずれも中国人だった。今年8月、450名の中国人富豪が移民審査の待ち時間の長さにいらだち、共同で弁護士を雇い、米国当局を告訴したことも報道された。

 金持ちの移民ブームは中国の外貨が大きく減る要因になる。今年に入り、中国国家外貨管理局が外貨の海外流出を防ぐために管理が一層厳しくなった。

 そのような中、今年9月16日に馬氏も海外に1200億元の資産移転が完成したとの報道が出た。ただ、一瞬でそのニュースは消された。馬氏の電子決済サービス「アリペイ」も引退宣言したその日に、中国政府が取り上げたと言われた。馬氏は以前からいつでもアリペイを政府に差し上げる用意がある、と公言しているが、それが現実になった可能性がある。

 そのことを中国政府は認めないが、9月14日にアリペイは中国政府系銀聯(ぎんれん)との連携が実施されたと「新浪網」に報道された。アリペイは政府に取り上げられるとのうわさはその報道によって証明されたようだ。これで引退宣言した彼の本当の理由が明確になっただろう。彼はいつの日か、移民を選択することもありえるだろう。

(中国ウオッチャー 龍 評)

 

(KyodoWeekly10月8日号より転載)


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