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高関税の応酬で日本は敗者か 〝地経学〟時代を生き抜く

 これでは日本が最大の敗者になってしまうー。そんな予感を抱かせる世界の動きだ。この夏、明確になったのは「兵器を使わない戦争」と呼ばれる〝地経学〟時代の到来である。世界を揺さぶる米中貿易戦争、イランやトルコに対する懲罰的制裁、さらには日本など同盟国も容赦しない高関税の発動。全方位に打って出るトランプ米大統領の戦いは、保護主義という近視眼的な見方を超え、世界の経済秩序を転換させる意義を持つ。何もしなければ、日本が負け組に陥るのは必至だ。

 

 トランプ氏は立て続けに地経学戦略に踏み切った。核開発やテロ支援を理由としたイランに対する原油禁輸制裁、トルコには米国人牧師の拘束の報復として高関税を発動、ロシアに対しても英国で起きた元ロシア情報機関員の襲撃事件などを理由に制裁を科した。

 欧州連合(EU)とは自動車関税をめぐり、駆け引きが続く。日本も鉄鋼関税を課され、FFRと呼ばれる新たな日米経済協議の開始を余儀なくされた。

 だが、最大の標的は中国である。中国からの輸入の半分に当たる2500億ドルの品目に25%の高関税をかける方針だ。知的財産権の侵害を理由としており、米国産業の保護というより、世界覇権獲得を目指す中国に対する熾烈(しれつ)な巻き返しである。かつての米ソ冷戦に似た頂上決戦だけに、交渉では解決しない。

 トランプ氏の地経学戦略を受けて相手国も報復に出ている。米金利の引き締めに加えての貿易戦争の開始で、世界経済は不気味さが募る一方だ。

 経済を武器に相手を屈服させる戦略は古くからあった。軍事力重視の地政学に対して経済力を使うのは地経学と呼ばれる。日本人が地経学の怖さを心底味わったのは、戦前の対米開戦を強いられたABCD包囲網(対日石油禁輸)である。

 しかし、トランプ政権のそれは過去のものとは画期的に違う。まず、極めて広範囲だ。潜在的な敵国だけでなく、同盟国までも対象とする。英紙フィナンシャル・タイムズによると、米国の制裁対象は現在、944の組織や個人だが、今年中にさらに1000が加わるという。

 この圧倒的な件数に膨らむのは、トランプ氏の地経学で三つの狙いがあるためだ。EUや日本に対する高関税は伝統的な経済保護主義であり、イランやロシア、さらにトルコに対しては国際規範違反の懲罰となり、そして中国に対しては世界規模の覇権争いの主戦場として展開する。こう見ると、トランプ氏の対外政策はすべて地経学頼りであることが分かる。

 トランプ氏の地経学の特徴は無差別である点だ。北朝鮮に対する過去の制裁は、金王朝や朝鮮人民軍など幹部・軍を狙い打ちにし、制裁による一般市民の困窮化を回避しようとする工夫があった。だが、今は石油や農産物など幅広い貿易が対象で国家全体を締め上げている。

 また安全保障が、貿易や投資面で極めて重視されている。安全保障を根拠とする通商拡大法232条を日本やEUなど同盟国に当てはめて関税を課すという論理には驚かされるが、対中政策ではそれがさらに色濃い。中国の成長戦略「中国製造2025」の妨害が、対中関税発動の大きな理由とされ、米政府機関が中国製通信機器を使用することを禁止し、中国による米企業買収を阻止しているのだ。

 

「ノー」と言えなかった米

 

 これまで米中2大経済大国は、相互依存関係が深く経済対立に踏み出せないという暗黙の了解があった。中国の知的財産権侵害や先端技術の強制移転など不公平な慣習に対して、米国は「ノー」と言えなかった。中国を怒らせてその巨大な市場を失う、あるいは中国経済が失速すれば、米国など世界経済が暗転するという危惧があった。

 しかし、トランプ政権は対中関係を抜本的に転換させた。「互いに相手国の経済を人質にとっている」という米中相互依存からの脱却である。

 

OFACの絶大な効果

 

 トランプ氏が地経学戦略を採用した理由は二つだ。まず、現代は実際の戦争を起こしにくい。核兵器を主力戦力とする大国同士の戦争が何をもたらすかは誰でも想像できる。だからこそ「兵器以外の手段による戦争」(ブラックウィル元米インド大使)である地経学の出番なのだ。

 もう一つは米国の「新兵器」である米財務省外国資産管理室(OFAC)による金融制裁の効果が絶大な点だ。OFACは2001年の米中枢同時テロ後、テロ組織の資金力を封じるために活動を始めたが、その要は、制裁対象と指名した国家や組織、個人と、取引する企業などは第3国のものであっても、米国内の市場から締め出す力を持つことだ。いわゆる「第3国適用」である。

 イランからの原油輸入をゼロにするように米国は現在、日本に要求しているが、その要求を無視すれば、イラン産原油輸入に関与した日本の石油企業、商社、銀行などが、米国から追放されるという恐ろしさが伴う。

 OFACの力を世界に知らしめたのは、05年6月の北朝鮮制裁だ。金正日総書記の個人口座があるマカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)を偽札流通など不法行為に関わったと認定、他銀行に同行との取引を禁じた。このため、BDAは活動がマヒし北朝鮮関連の送金もできなくなった。さまざまな制裁に耐えてきた北朝鮮が「とうとう米国はわれわれを痛めつける方法を見つけた」と嘆いたほどだ。

 現在、金正恩朝鮮労働党委員長は米朝首脳会談で「非核化」への譲歩を余儀なくされているが、これは確かに米国の経済制裁、つまり地経学戦略の果実と言えるのだ。

 ほかにもトランプ氏は米韓の自由貿易協定(FTA)を米国に有利な方向に修正させ、EUとの通商交渉で米国産大豆などの大幅な輸出増を実現し、メキシコ、カナダとは北米自由貿易協定(NAFTA)の改正交渉に持ち込んだ。日本も米国産液化天然ガス(LNG)の輸入増を約束させられている。脅しは効を奏しているのだ。日本政府高官が「トランプ氏恐るべし」と漏らすゆえんである。

 

ドル離れの加速

 

 トランプ氏は高関税政策を諦めるような素振りを一向に見せず、いつこの異常事態が終結するのか分からない。このため貿易戦争の長期化を覚悟して、各国は自衛措置を講じており、長期的には世界経済の転換点となる公算が大きい。

 転換点の証左は米国抜きの経済圏がゆっくりと出現していることだろう。その象徴は米国が経済制裁や高関税を次々と発動した8月初旬に最終合意に達したカスピ海開発をめぐる協定だ。

 カスピ海はエネルギーなど天然資源が豊富だが、冷戦終結以来ロシアやイランなどの沿岸国が領有権などで争い開発が遅れていた。過去30年間のいがみ合いが嘘のように、プーチン・ロシア、ロウハニ・イラン両大統領が「カスピ海憲法」と称える協定を結んだのは、米国抜きで相互依存経済圏をつくろうという狙いからだ。上海協力機構(SCO)や中国の「一帯一路」など、ユーラシア大陸では米国抜きの圏域づくりが活発だが、また一つ増えたことになる。

 制裁を科されたトルコ、イランは中国、ロシアに救いを求める姿勢を鮮明にしており、ロシア政府は今年に入り80%もの保有米国債を売却し、貿易でのドル決済の低減も指示している。長期的な傾向は「ドル離れ」の加速であろう。

 

自由貿易同盟の結成を

 

 地経学の時代に日本はどう振る舞うべきだろうか。

 保護主義や経済圏づくり、そして限りない関税・制裁の発動が特徴となる地経学世界では、自由貿易や開かれた国際秩序によって立つ日本のような国が敗者になりがちだ。また、日本は安全保障上の制限があるから米経済圏に入っているが、それは日本の選択肢を閉ざしかねない。

 三つのポイントがありそうだ。

 トランプ氏の米国第一主義を抑制するために、韓国、カナダ、豪州、インド、西欧との結束を強め、「自由貿易同盟」が生まれつつある。米政治学者のフランシス・フクヤマ氏は「トランプ氏個人は保護主義者だが、米国は国家としては依然自由貿易の国だ」と言う。国務省、国防総省、財務省など米国の省庁、民間企業、有識者に自由貿易同盟は協調して働き掛け、米国第一主義の変更を促すべきだろう。

 トランプ氏率いる米国がいざという時に頼りにならないことがはっきりしてきた。日本を守ってくれないという悪夢である。米国一辺倒の安全保障政策からの脱皮の時が来ている。そのために中国、韓国との関係を秩序づけたい。歴史や領土の対立は長期的な課題であるが、それを安全保障や経済関係に持ち込まないのが肝要だろう。

 最後にポピュリズム(大衆扇動主義)の抑制である。米国や欧州の混乱は、経済格差と異文化間摩擦が生むポピュリズムを制御できなかったために起きた。格差については今以上の所得分配政策が経済成長のためにも必要であろう。異文化間摩擦の方は増大する外国人の入国や少数派の権利主張で激化が予想されている。日本人は「異質な他者」を理解し、受け入れる寛容さがあると言う。その真意が問われる時代でもある。

(共同通信特別編集委員 杉田 弘毅)

 

(KyodoWeekly8月27日号から転載)


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