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米、シンガポール合意支えず 激動アジアに生きる日本の道

 

 この合意は実現できるわけがない―。そんな感想を瞬時に抱かせる、6月12日のシンガポールでの米朝首脳会談だった。北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長の真剣度がどの程度かという懸念だけではない。むしろ米国がこの合意を本当に支え続けられるのか、という疑問が膨らむからだ。ガラス細工のようなこの合意を肉付けして一歩一歩行程を進むには、トランプ政権とその先の政権の賢く粘り強い努力が長期間必要だろう。それが今の無責任な米国にあるのかが、一番の気掛かりである。

 

 シンガポール共同声明とその後のトランプ米大統領の記者会見についてはさまざまな問題が指摘されている。

 簡単に整理すると、①CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)が盛り込まれなかった②北朝鮮の核放棄の行程表が決まらなかった③ミサイルや化学・生物兵器の扱いが不明④人権やテロの問題が不問に付された⑤米国が北朝鮮に供与する「安全の保証」の内容が分からない⑥事前に想定された朝鮮戦争の終戦宣言も先延ばしとなった―などである。

 こうしたことを詰めるために、ポンペオ米国務長官とボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が北朝鮮側と協議するというが、それは気の遠くなるような大事業である。

 

安全保障よりカネ

 

 トランプ氏は記者会見で大規模な米韓合同軍事演習を中止すると明言し、在韓米軍の将来の縮小・撤退の可能性も示唆した。その理由として「経費」を挙げたのは、いかにもトランプ氏らしく、「安全保障よりもカネか」といった軽蔑にも近い反応を日本と韓国で生んでいる。ハガティ駐日米大使は6月15日の共同通信のインタビューで、北朝鮮への「安全の保証」で考えているのは当面、大規模演習の中止だけだ、と言って日本で広がる動揺の鎮静化に躍起だ。

 トランプ氏によると、金正恩・朝鮮労働党委員長は会談の中でミサイルのエンジン試験場の閉鎖を語ったという。しかし、専門家はこの試験場の閉鎖が北朝鮮の大陸間弾道弾開発にどれだけの意味があるのかは不明とみている。北朝鮮からすれば、拘束していた米国人3人の解放、核実験場の爆破と善意の行動を既に行ったということだろうが、首脳会談後に非核化の動きが始まらないことから、米国では不満が広がっている。

 そして合意の柱に難問が潜んでいる。「非核化」もさることながら、「安全の保証」が実に厄介だ。

 シンガポール合意は、「非核化」と「安全の保証」との取引である。最終目的である「非核化」を実現するには、金氏が納得する「安全の保証」を米国が供与する必要がある。だから、まず「安全の保証」が極めて重要なのだが、それは果たして可能だろうか。

 当てにならないトランプ氏の「安全」の口約束で、金氏は満足するお人よしではない。そもそも「安全の保証」とは、供与される方が安全だとの確信を持つまでは成立しないのだから、エンドレスの要求も可能だ。また米国が同盟国に提供するような「安全の保証」を与えるとなれば、それは中国やロシアが許さない。となると、米中ロシア3国による「安全の保証」となるが、それさえも実は危うい。

 かつて多国間の枠組みで「安全の保証」を提供し、核を放棄させた例がある。冷戦終結直後のウクライナだ。ソ連崩壊の負の遺産である5千個もの核兵器を領内に抱えたまま独立したウクライナは次第に核兵器に執着し、特にロシアに対する抑止力と位置付けた。

 

核を保有する理由

 

 そのウクライナに核を放棄させたのが、1994年12月にウクライナと米国、英国、そしてロシアが結んだブダペスト覚書だ。ウクライナからすれば、米ロ両大国がそれぞれ「安全の保証」を供与してくれたことで、核放棄の決断がついた。この覚書は同じように旧ソ連の核を領内に持ったカザフスタン、ベラルーシも加わった。

 国家が核兵器を保有する理由は、攻撃力、あるいは抑止力、民族の誇り・威厳の象徴、外交の道具などさまざまに指摘されている。その中でももっとも大きなものが、外国からの攻撃を防ぐ「安全の保証」だ。そしてウクライナの成功例から、多国間による「安全の保証」を提供することが、核放棄を決断させる鍵となる、と一時は思われた。

 しかし、その後の歴史はむごい。ブダペスト合意から20年後の2014年、プーチン大統領率いるロシアは、ウクライナの要衝であるクリミア半島を併合し、ウクライナ東部を影響圏に置いた。ウクライナ政府は「ブダペスト合意違反だ」と非難したが、ロシアは無視し、米国も防衛目的の兵器をウクライナに提供しただけで、事実上座視した。「安全の保証」は何の役にも立たなかった。

 多国間合意は今、ますます軽んじられている。15年に苦心の末に出来上がったイラン核合意は今年5月、トランプ政権が一方的に離脱したため、崩壊の瀬戸際だ。米国は環太平洋連携協定(TPP)や地球温暖化防止のパリ協定からも離脱した。これでは、国際社会が供与する「安全の保証」を信用しろ、と北朝鮮に言う方が無理である。

 

不信の連鎖

 

 北朝鮮が結んだ合意も長生きしていない。1994年にクリントン大統領が北朝鮮と結んだ米朝枠組み合意を次のブッシュ大統領は就任直後から、欠陥が多いとしてほごにする姿勢を鮮明にした。その後北朝鮮が秘密裏に進めていたウラン濃縮計画が発覚してブッシュ政権は即座に合意を無にした。

 北朝鮮が核開発に関係してかつて結んだ多国間合意としては、2005年9月の6カ国協議共同声明がある。「非核化」と米国による「不可侵・不攻撃の誓約」の取引だった。しかし、この時、米財務省は国務省と連絡を取らずに北朝鮮が取引するマカオの銀行を「マネーロンダリング(資金洗浄)金融機関」に指定し、北朝鮮関連口座を凍結した。

 これに北朝鮮が反発して翌年には核実験を行い、せっかくの合意もついえた。北朝鮮の核・ミサイル開発行為は許されるものではないが、米国の側にも信頼を損ねる瑕疵(かし)があった。

 米国の議会や有識者の間では、曖昧な非核化合意や一方的な合同軍事演習中止の表明に加え、北朝鮮の人権問題を非難しないトランプ氏への批判が高まっている。トランプ氏は首脳会談後、異母兄の金正男氏殺害を命じたとされる金氏の人権問題を看過するのか問われて「他にも悪いことをしている人間はいる」と答えた。トランプ氏はかつてプーチン・ロシア大統領を称賛した際に、プーチン氏の反対派殺害や秘密工作疑惑について聞かれ、「米国だって褒められたものではない」と述べたのと同じだ。トランプ氏の本音は人権問題よりも、取引の達成である。

 ポンペオ氏は、「北朝鮮との最終合意を議会に諮り了承を取り付けたい」と述べ、批准を求める意向だ。北朝鮮の信頼を獲得する一つのやり方だが、曖昧な非核化、同盟国を動揺させる「安全の保証」、北朝鮮の人権犯罪や国家テロを看過する姿勢、そして米国内に渦巻く反トランプ感情を考えると、議会の承認を取るのは難しい。

 

始まった地政学ゲーム

 

 北朝鮮のテンポの早い動きは、米国と中国が各分野で繰り広げる世界の覇権を巡る争いの一つと見ることができる。軍事、貿易、知的財産・先端技術、宇宙など、米中は本格的な争いに突入している。そこに金氏の電撃的な外交の結果、朝鮮半島の地政学的な帰趨(きすう)が加わった。

 朝鮮戦争が終わってから65年、38度線を挟んで北部を中国が影響下に置き、南を米国が同盟国として勢力圏に組み込んできたバランスがいま崩れつつある。南北朝鮮が「平和共存」を続ければ、南北の対立は消える。だが、米国と中国の対立は激しくなる一方だ。両国がそれぞれ朝鮮半島という地政学的な要衝を影響下に置こうとするのは自然な流れである。

 そして極東ロシアの開発を念願とするロシアのプーチン大統領もしたたかだ。5月末の共同通信記者らとのインタビューで、石油やエネルギー、鉄道をロシアと朝鮮半島を結ぶことでもたらされる経済面の恩恵を語った。米国の軍事的存在をこの地域から排除できれば、中国とロシアにとってこの上ない利益となる。

 問題は日本だ。トランプ氏が気軽に米韓合同軍事演習の中止や在韓米軍の縮小・撤退を語るところを見ると、この人には同盟国への配慮や人権、民主主義を守るという決意があまりに足りないことを強烈に感じる。これでは、米国が中国との貿易赤字削減のために、大幅な東アジアの米軍体制の削減に踏み切るシナリオも否定できないのだ。それは日本の安全保障政策に巨大な意味を持つ。トランプ氏の米国は信用できない。これがシンガポール会談の教訓だとすれば、日本は激動する北東アジアでどう生きるか。米国頼みだけは脱するべきだろう。

(共同通信特別編集委員 杉田 弘毅)

 


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