「光る君へ」第三十一回「月の下で」ドラマチックに描かれた「源氏物語」誕生のプロセス【大河ドラマコラム】
NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。8月18日に放送された第三十一回「月の下で」では、主人公・まひろ/紫式部(吉高由里子)がついに「源氏物語」執筆を開始。全国の視聴者が待ちに待った場面がついに訪れた。
この回は、まひろの家を訪れた藤原道長(柄本佑)からの執筆依頼で幕を開け、じっくりと1話をかけて「源氏物語」誕生の経緯が描かれた。秀逸だったのは、まひろの作家としての「ひらめき」という非常に内面的であいまいなものを、わかりやすくドラマチックに描いていたことだ。
道長からの依頼を引き受けるか迷っていたまひろはまず、あかね/和泉式部(泉里香)に「枕草子」の感想を尋ねる。これにあかねは、「気が利いてはいるけれど、人肌のぬくもりがないでしょ。だから、胸に食い込んでこないのよ。巧みだなと思うだけで」と答え、続けて「黒髪の乱れも知らずうち伏せばまづかきやりし人ぞ恋しき」という自作の歌を聴かせる。
帰宅後、あかねから借りた「枕草子」を読み、それを書き上げたききょう/清少納言(ファーストサマーウイカ)のことも思い出したまひろは、2人のように自分も自分らしい物語を書こうと思い至り、弟の藤原惟規(高杉真宙)に「自分らしさ」を尋ねる。惟規から「根が暗くて、うっとうしいところ」と指摘され、自分らしさに気付いたまひろは、道長に依頼を引き受ける旨の文を出す。
こうして、道長から提供された越前の和紙を使い、まひろは物語を書き上げる。だが、それを読み、「飽きずに楽しく読めた」「明るくてよい」と感想を口にする道長の姿に、「お笑いくださる道長さまを見ていて、何か違う気がいたしました」と納得いかない様子。
確かに、「飽きずに楽しく読めた」「明るくてよい」という道長の感想は、惟規が語った「根が暗くて、うっとうしいところ」というまひろらしさとはそぐわない気がする。道長が読む間、柱にもたれて外を見ているまひろの姿からも、自分で納得していない様子が伝わってきた。
そして、物語の読者が道長の娘の中宮・彰子(見上愛)ではなく、実は一条天皇(塩野瑛久)だと道長から打ち明けられたまひろは、その人となりを詳しく聞き、改めて執筆を開始。ひとしきり悩んだのち、「源氏物語」を思いつく。その瞬間を、色とりどりの和紙がまひろの周りを舞い散る様子で表現した映像も印象的だった。
こうしてついに書き上げた物語を、「これは…かえって、帝のご機嫌を損ねるのではなかろうか」とためらう道長に、まひろは「これが私の精いっぱいにございます。これでだめなら、この仕事はここまででございます」と覚悟を告げる。
自分らしさを見いだし、読者を明確にすることで、それにふさわしい物語を思いつく。作家として、まひろが物語を思いつくプロセスが、段階を追って分かりやすく描かれていた。その後も推敲(すいこう)を重ねる文章への拘りにも、まひろの作家としての矜持(きょうじ)がうかがえる。
道長を通して献上された「源氏物語」に、一条天皇がどんな反応を示すかは気になるが、この後もその執筆は続くことになる。まひろにとって、重要な転機を迎えたわけだが、これからその執筆と並行して、どのような人間ドラマが繰り広げられていくのか。新たな期待と共に見守っていきたい。
(井上健一)