経済
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そば屋の出前―「悪夢の時代」の再来か

 国会の答弁や記者会見における安倍晋三首相のあまり実質を伴わない曖昧な発言を聞きながら、「そば屋の出前」という言葉を思い出した。

 最近は見かけることが少なくなったが、ひと昔前までは、家庭でも近所のそば屋に出前を頼むことがあった。その出前はなかなか届かず、督促しても「今やっています」という返事。注文者は、待つ以外にはないのが常で、そば屋の返事は信頼が置けないものの一つだった。

 誰もが指摘しているが、さまざまな面で国民生活に自粛を求めながら、それに伴う摩擦的な問題への対策を用意せずに、一方的な要請だけが先行するのは、下の下の策だろう。

 女性の活躍に期待をかけ、子育て支援を看板の一つに掲げていた政権が、学校の休業でどのような負担がその親たちにかかるのか、その負担を想定して対応策を用意していなかったことには、あぜんとする。旗を振りながらも実態をきちっと把握していないから、何が起きるか想像ができない。どのような政策でも、実施に伴う弊害、副作用は立案にあたり想定すべきことである。しかし、実際には、後先考えずにトップダウンの思いつきで国民を振り回している。

 もともと、よく考えもせず、根拠もないまま、大見えを切るのが好きな首相である。森友学園疑惑に関する「関与していたら辞める」との答弁もその好例だろう。そのために、多くの官僚がつじつま合わせに走り、その中で実直な1人の命が失われた。

 コロナ対策における自粛要請は、強制しているわけではないから政府に責任はないと言わんばかりの突き放し方である。雇用を守る助成金を出すといいながら、それがいつ、どのくらい給付されるかは不透明なまま。売り上げ急減によって決済資金などに窮している企業への救済融資も、具体策の明示はない。

 そして、何よりも優先されるべき医療体制の崩壊を防ぐための具体的な措置も、自治体の対応に委ねたまま、国は具体策を明示できずに手をこまねいている。

 緊急事態宣言を出せるようにと法改正を急いだにもかかわらず、専門家会議の意見を聞いた形で「まだ持ちこたえている」と宣言を回避してきた。宣言すれば政府の責任が厳しく問われることになる。だから、国民の自己責任に依存して、政府は責任から逃げ回ってきた。

 東日本大震災の時、民主党政権は福島第1原子力発電所ではメルトダウンは起きていないが、「爆発的事象」によって深刻な事態が生じていると公表していた。「重大局面」にあるが、「オーバーシュート」ではないという政府の説明は、このレトリックを思い出させる。責任をとろうとしない安倍首相の姿勢が「悪夢の時代」を再来させている。のびたそばが届いても誰も喜ばない。

(東京大名誉教授 武田 晴人)

 

(KyodoWeekly4月13日号から転載)

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