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「はじめの一歩」~MMT最終回 〝不都合な真実〟の行方

「はじめの一歩」~MMT①:https://www.kyodo.co.jp/ecm-news/2020-03-31_2636091/

「はじめの一歩」~MMT②:https://www.kyodo.co.jp/ecm-news/2020-03-31_2636120/

 「自国通貨を発行する国は財政赤字により破綻することはないから、積極的に歳出を増やして経済を上向かせるべきだ」と主張する「現代貨幣理論」(MMT)。シリーズ最終回では、あらためて賛否の主張を対比しつつ、背後に浮かび上がる〝不都合な真実〟と、この理論が注目を浴びる時代背景を考える。

 

 Q 実際のところ、MMTが財政政策として日の目をみる可能性はあるのでしょうか。

 A 米国大統領選の行方はまだ分かりませんが、民主党の擁立候補として本命視されるバイデン氏を追って、左派のエリザベス・ウォーレン氏にも根強い支持があるようです。高齢ながら前回2016年の選挙で名をはせたバーニー・サンダース氏も含めて、左派の2人は国民皆保険制度や高等教育の無償化を掲げる急進的なリベラル派です。

 最年少の下院議員として若者に人気のアレクサンドリア・オカシオコルテス氏が掲げる環境保護政策「グリーン・ニューディール」も同様ですが、巨額な財源をどう手当てするのか、その根拠としてMMTが念頭にあるのは間違いありません。もし民主党左派の候補が大統領となるようなことがあれば、MMTはあるいは政策理論の一翼を担い、「異端」のレッテルを返上するかもしれません。

 Q もともと経済理論の一つであるMMTは、選挙や議会での政策論争などの中で政治的な色彩も帯びそうですね。

 A 米民主党左派は財源確保策として、大企業や富裕層への課税強化を打ち出しており、決してドル紙幣をじゃんじゃん刷って調達すればいいとは言っていません。つまり政党がさまざまな政策メニューを組み合わせて支持を呼び掛けるなかで、MMTは部分的に〝つまみ食い〟される可能性もあるのです。

 豪ニューサウスウェールズ大学のリチャード・ホールデン教授は「ニューズウィーク誌」への寄稿で「(容認派はハイパーインフレを招くほどの赤字は起きていないというが、)それはまだ米国が本当に問題となるほどの赤字をため込んでいないから。赤字は問題でないという考え方は危険だ。(中略)ポピュリスト政治家はそれに飛びつき、せっせと国民に売り込む」と、MMTが政治的に利用されるリスクを警告しています。

 政治といえば、2019年夏の日本の参院選(比例)で228万票を獲得して注目を集めた「れいわ新選組」も気になります。「消費税の廃止」「奨学金をタダに」「デフレ脱却給付金」などの公約の財源として「新規国債の発行」をうたっており、MMTへの意識が見て取れます。山本太郎代表は朝日新聞のインタビューで、「財政健全化ってなんですか? ある程度景気が回復しないと健全化なんてしようがないわけですよ」と答えています。

 Q 低所得者層や学費の支払いにも困る学生など経済的弱者に、財政再建よりまずは景気の好転を優先させようとするMMTは響きやすいのですね。

 A フランスの経済学者、トマ・ピケティ教授が「21世紀の資本」を著し、富はさらに資本家に蓄積されていくことを豊富なデータで示して話題になったのが2014年。米国のブランコ・ミラノビッチ教授が著書「大不平等」で、実質所得の伸びはごく一握りの富裕層と新興経済圏の中間層を除くと、ほとんど伸びていないことを「エレファントカーブ」と呼ばれるS字曲線で示したのが2017年です。

 格差の固定と拡大を厳然たるデータで突き付けられた人々には、やり場のない不満がたまっていきます。結果として富の再配分や雇用・賃金に対する政府保障、弱者救済のための政策プログラムを求める声が広がりやすく、その論拠として財政支出に寛容なMMTが好都合と映る一面はありそうです。

 Q MMTが政治的メッセージと結びつきやすい一面はわかりましたが、実際、日本でMMTが政策として公式に採用される可能性はありますか。

 A 端的に言って、現時点でそれはほぼないでしょう。ひと言で言えば、肝心の財政当局が否定しているからです。麻生太郎財務相は国会の委員会質疑でMMTについて意見を求められ、「財政規律を緩めるということで極めて危険なことになり得る。この日本をその実験場にするという考え方は持っていない」と明言しています。

 財務省が昨年4月、財政制度分科会に提出した説明資料は、公債に依存した現状の日本の財政がいかに厳しい状況にあるかを詳述しています。興味深いのは、同資料の後半でわざわざMMTに4ページを割き、各国の著名なエコノミストや有識者、金融関係者らのMMTに対する批判コメントを特集していることです。

 日本国債に対する格付け会社の格付けが徐々に下がっていること(グラフ参照)も踏まえ、「ひとたび国債への不信任が起きれば、その通貨も投げ売りされる」「インフレへのリスク評価が甘すぎる」「前提条件に問題がある」など、メディアのインタビューや記者会見での一節や、SNS(会員制交流サイト)でのつぶやきまで引用して〝MMTつぶし〟に躍起です。ただし、逆に経済評論家の中野剛志氏は著書の中で、これら有識者らによるMMTに肯定的な発言を別に集めて反論しています。

 たとえば国際通貨基金(IMF)の元チーフエコノミストのオリビエ・ブランシャール氏は昨年5月、「プライマリーバランスの赤字を拡大してでも、経済の再建を優先すべきだ」という趣旨の意見を述べ、話題になりました。先の財務省資料ではMMTへの批判コメントをツイッターで投稿した同氏ですが、賛否は状況の変化によって振れる可能性を示しています。

グラフ 主要格付け会社による日本国債格付けの推移(財務省資料から)

 Q 賛否の分かれる具体的な論点やポイントは何ですか。

 A それは多岐にわたりますが、たとえば、MMTはハイパーインフレが起きた場合の調整弁として増税による引き締め策を準備しますが、不人気政策の代表である増税ができるかどうかは、政治的な状況に左右されるから当てにならないという反論があります。一方、「所得税(特に累進課税)は好景気になると税負担が増えて、民間の消費や投資を抑制する」(中野氏の「奇跡の経済教室・戦略編」)一面があるため、仮に増税しなくても税率がエンジンブレーキのような役割を果たし得るとの指摘もあります。

 次に、MMTに対し一時的な景気対策を越えて、社会保障など恒久財源を求めることの問題について、NHKの取材に答えた経済学者の野口悠紀雄氏は「継続的に予算(支出)が必要な部門では、一度始めてしまえば簡単にはやめられない」と、MMTの問題点を指摘します。 確かに、景気も回復したし物価上昇率も目標値に到達したので、来月から年金を減らします、保険料を引き上げますとはいきません。それこそ弱者にむち打つことになりかねません。

 一方、MMT支持者は、まずは景気を回復させ、安定的な成長軌道に乗せればおのずと消費や投資は喚起され、国の税収は伸び、社会保障費をまかなえるだけの財源は確保できると考えます。いわば「景気ファースト」という主張ともいえます。

 このほかの論点として、MMTによって財政支出を増やすと、それによって民間の投資が抑制されてしまう(押し出されてしまう)「クラウディング・アウト」という反作用の有無、政府財政においては常に、支出が税収に先行する、つまり赤字が黒字に先行するという信用創造の論理のあてはめ方の適否など、論点は尽きません。

 Q 論戦ばかりで結局のところ、MMTが政策として日の目をみることはないのでしょうか。

 A 肝心の政府、財政当局が否定している以上、政策として公認される可能性は小さいでしょう。ただ、主流派経済学が現在の金融・財政政策の行き詰まりに解を示せていないこともまた事実です。そこでMMTに含まれるいくつかの真実を、当局が公式にではなく、こっそりと考慮に入れていくという可能性はあります。

 なぜ、こっそりとなのか。MMTが理論として正しいかどうか以前に、MMTという〝魔法のつえ〟が人々に与える心理的な悪影響を関係者が懸念しているためではないか、と勘繰る向きもあります。

 たとえば、景気にプラスであれば無駄な道路でも橋でもいくらでも財政支出は望める、求職者は特に努力しなくても雇用が確保される、社会保障に不安があれば政府がおカネを刷ってなんとかする―そんな誤解や甘えを生みかねません。それは社会の活力をそぎ、長い目でみて成長を阻害するようにも思われます。

 自由主義経済の基本は本来、頑張った人、努力した人が報われる社会です。市場原理と競争原理が適正に働いてこそ、創造と活力が生まれ、持続的な成長がもたらされると考えられます。ところが頑張っても報われない、格差はむしろ拡大していく現実に「ノー」を突きつけたい人たちがいて、そんな閉塞(へいそく)感の突破口としてMMTが関心の輪を広げつつあるという構図が浮かび上がってきます。

 Q MMTを知る上での参考文献を教えてください。

 A 「MMT現代貨幣理論入門」(東洋経済新報社)は必読の一冊でしょう。執筆者は米ハーバード大学のL・ランダル・レイ氏。ポスト・ケインズ派の代表的な学者で、中野剛志氏、松尾匡氏が解説しています。このほか先述した中野氏の「奇跡の経済教室・戦略編」(ベストセラーズ)、松尾匡氏編による「『反緊縮!』宣言」(亜紀書房)、安倍晋三首相の下で内閣官房参与を務めた藤井聡氏の「MMTによる令和『新』経済論」(晶文社)、井上智洋氏の「MMT 現代貨幣理論とは何か」(講談社選書メチエ)などが分かりやすく、読みやすいです。一方、MMTを批判する論文やコラムも多数ありますので、じっくり読み比べてみる必要があります。

 ランダル・レイ教授はNHKのインタビューでこう語っています。「最終的にはMMTになるかと言えば、そうではないだろう。しかし政策立案者や正統派経済学者の多くが、債務の持続可能性や不可能性という観念を考え直していることが明らかになりつつある」。MMTの本質と実際の政策との相性の難しさを端的に表しています。

 いずれにせよ、MMTは経済政策の選択の幅を広げ、貨幣経済の仕組みを考える頭の体操をするうえで、また現代社会が抱える不安や不満を読み解くうえで、これ以上ない教材といえるのかもしれません。

[筆者]

知的財産アナリスト

竹内 敏(たけうち さとし)

 

(KyodoWeekly2月10日号から転載)

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