経済
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財務大臣の年金―異なる金銭感覚

 年金問題で政府の対応が問題視されている。この問題の国会での質疑の中で、麻生太郎財務相兼金融担当相は、自らの年金受給については「受け取る、受け取らないは秘書に任せている」ので承知していないと答弁した。

 これはいつもの失言ではなく、正直な回答なのだろう。しかし、これは年金財政を預かる責任者の発言としては情けない。財源先細りが心配され、増税か支給減額が議論されているのだから、たとえ政治的パフォーマンスと批判を浴びようと、年金は受け取らない、受け取る機会があったとしても。それは国民のニーズが満たされてからというのが、責任者としての態度ではなかったか。

 まして、年金の制度と趣旨を理解していれば、高額の所得を受け取っているものに受給資格の制限があることは承知していなければなるまい。国務大臣の受け取る報酬は、月額200万円強、賞与を含めて年額3千万円を超えると推定されている。

 これだけの高額所得者に、所得分配の公正さを確保するための年金支給は、その趣旨から大きく外れる。だから、次の総選挙で落選して、元議員という肩書きの無報酬のフリーターにでもなればともかく、安倍晋三首相も麻生大臣も年金問題は身につまされる問題ではなく、人ごとにすぎないのだろう。

 平均的な家計が在職中に老後の蓄えとして必要となるとされる貯蓄額ですら、彼らにとっては年間所得額を下回る水準にすぎない。麻生大臣は「政府の政策スタンスとも異なっている」と主張したが、異なっているのは豊かな家庭に育った二世議員である「彼らの金銭感覚」であり、本音では「余計な心配をあおって選挙に逆風が吹くのは困る」ということであろう。

 求められているのは「100年安心」というお題目ではなく、具体的データに基づいて、どのようにすれば年金財政の財源が確保されるか、支給水準は5年後、10年後にどうなるかについての納得できる説明である。それこそが政治の責任として発信されなければならない。

 社会保障財政が破綻にひんしていることは、歴代内閣が強調してきたものであり、安倍内閣もこれを踏襲してきた。その線に沿って支給額や支給時期の調整という名目で保障水準を引き下げることが不可避であると説明してきた。同時に消費増税が必要であると強調してきたのも、ほかならぬ政府である。

 つまり、長い間、政府は医療と年金を柱とする社会保障の制度的持続性が危機にあることを強調してきた。不安をあおってきたのは政府自身である。自らまいた種だから、国民の心配を払拭(ふっしょく)するために適切な政策を具体的に示さなければならない。それができないのであれば、落選議員になって年金のありがたみを実感させる必要がある。

(東京大名誉教授 武田 晴人)

 

(KyodoWeekly7月8日号から転載)

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