経済
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裸の王様―「100年安心」できる?

 

 「愚か者には見ることができない」という不思議な衣装を織るという触れ込みの仕立屋が、献上した衣装を身につけてパレードに出かけた王様は、沿道の子どもに「何にも着ていない」と叫ばれ、うろたえることになる。

 王様の側近たちは「愚か者」と思われるのが嫌で、衣装を褒めそやし、誰もが調子をあわせていた。なんといっても王様が認めた仕立屋の仕事なのだから、誰もが疑問も挟まず、だまされることになった。

 「100年安心」という公的年金制度も、そんな見えない衣装に思えてきた。安倍晋三首相が自ら熟慮して「安心」と納得していたわけではないかもしれないが、まわりの誰もが、それが虚構の産物でしかないことを直言できず、真実であるかのように振る舞ってきた。

 今回、金融庁の審議会のワーキング・グループが出した報告書は、「王様が裸だ」と叫んだ子どもの声と同じなのではないだろうか。誰もがそうではないかと思い、それでもそんなことは言い出せなかったことを、正直に言葉にしたにすぎない。

 報告書は、専門家たちが金融担当相の諮問に応えて衆議を集めて検討してまとめたものだ。専門的な意見を聞くための諮問だから、その答申を受け止めて、問題をえぐり出し、将来に向かった対策を講じるのが政策当局の役割だろう。ところが、麻生太郎金融担当相は、これは正式なものではないから、受け取れないと拒否した。正式文書でなければ、国会などで議論する必要もないということのようだ。

 しかし、審議会で報告書が正式に承認される手続きを経ていれば、そんな理屈は通らない。だから、ワーキング・グループの報告書を精査し、不都合な表現などを修正する過程が飛ばされているからダメだ、見逃した担当者が悪いと麻生金融担当相は責任転嫁した。審議会が政府の方針に反するような答申をするのは論外というわけであろう。

 そんな小手先の屁理屈で問題をなかったことにする。これはこの内閣の得意技だろう。しかし、諮問への回答が意に沿わないからといって、諮問した側が聞こえないことにするという対応は常軌を逸している。

 報告書が示した「平均的」な将来像について、それが誤解を招くというのであれば、どのように年金の将来を理解すればよいのかをていねいに説明することが、政府の責任だろう。正しくないのであれば、どこが間違っているかを説明すればよい。それによって「100年安心」を国民が確信できるように努めるのが政治の責任だろう。

 王様の意向を忖度(そんたく)するばかりの家来たちに囲まれて、真実の言葉を聞くことがなかった裸の王様は、子どもの叫びを無視して愚かにもパレードを続けた。

 安倍首相が、裸の王様のような愚か者ではないことを願いたい。

(東京大名誉教授 武田 晴人)

 

(KyodoWeekly6月24日号から転載)

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