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政治的賭けに出る度胸―北方領土問題の本気度

 英国のメイ首相が3月27日に、欧州連合(EU)離脱協定案の可決と引き換えに辞任する考えを表明した、と報道された。国民投票の結果に沿いながら円満な離脱の道筋を探る試みは、離脱賛成派からも反対派からも十分な支持を得られずに時間切れ間近になった。この状況を打開するための政治的な賭けに出たということだろう。

 このメイ首相の決断を聞いて思い出したのが、1956年の日ソ共同宣言をまとめた鳩山一郎首相のことである。前年の55年6月にロンドンで開始された日ソ国交回復交渉は、北方領土問題や漁業交渉などで難航した上に、保守合同によって発足した自由民主党内での対ソ強硬派の反対などのために、一時中断を余儀なくされた。

 翌56年に河野一郎農林大臣のモスクワ訪問を契機に交渉が再開され、まず日ソ漁業交渉が決着した。それでも国交正常化の条件に対する反対が強かったことから、鳩山首相は自らの退陣と引き替えに与党内を説得して同意を取り付けた。

 こうして56年10月の首脳会談において、国交回復を先行させ、北方領土問題は、平和条約締結後にソ連が歯舞群島と色丹島を日本に譲渡する前提での平和条約交渉を行うこととなった。この合意に基づいて日ソ共同宣言が署名された。

 国交回復によって日本の国連加盟が実現し、国際社会の参加が広く認められた。漁業問題の解決と併せて、鳩山首相の政治的な賭けは成果を収め、公約通り内閣は総辞職した。

 残る課題となっていた領土問題は、2島返還による決着を主張するソ連側の態度が固かったことに加え、60年の日米新安保条約の締結を推進した岸信介内閣の外交方針も反発を招き、長期にわたり交渉は中断した。米国との同盟関係を重視する日本の外交方針が、交渉再開を難しくしたと言ってよい。

 祖父である岸首相が閉ざした平和条約交渉について、安倍晋三首相はロシアのプーチン大統領との信頼関係などを手掛かりに再開を求め、領土問題を解決しようと試みてきた。とはいえ、4島返還という日本の要求は相手にされず、最近では安倍首相も交渉への熱意を失っているように見える。

 「戦後レジーム(体制)からの脱却」を標榜(ひょうぼう)する安倍政権にとって、この北方領土問題と沖縄基地問題という「戦後の遺産」こそ、解決すべき優先課題だろう。沖縄の基地縮小に対する冷淡な態度からは、そうした意欲は見えない。北方領土問題に対する安倍政権の本気度が試される。

 日本列島の南北に戦後の遺産を放置したままで「戦後レジームからの脱却」などあり得ないだろう。しかし、打開のために、退陣覚悟で合意形成に努める政治的な賭けをできるほどの度胸はあるまい。

(東京大名誉教授 武田 晴人)

 

(KyodoWeekly4月8日号から転載) 


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