経済
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デジタル経済と個人

 昨秋、米国へ行った。旅の前半はノースカロライナ州のチャペルヒルという街、後半はニューヨーク市を訪れた。どちらの街でも、乗車したバスはデータをうまく利用しており、とても便利だ、と感じた。

 チャペルヒルには、街の中心的存在であるノースカロライナ大学を囲むように、多くの路線を持つ公営のバスが走る。このバスの良さは、無料であることに加え、運行システムにもある。バスが、今どこを走っていて、あと何分ほどで最寄りのバス停に到着するのか、スマートフォンを持っていればオンラインの地図上で分かるのだ。

 ニューヨークでは、マンハッタン内とJFK空港を結ぶシャトルバスを利用した。定期路線はなく、各乗客は希望する場所から乗るため、乗り合いタクシーと考えた方が実感に合う。 このシャトルバスであるが、チャペルヒルと同様に、オンラインの地図上で現在走っている位置が分かる。

 この米国滞在を通じて、日常の生活とは違い、海外で不慣れなことが多いからこそ、データを利用することで改善できるサービスの良さをより敏感に実感できたのだと思う。

 正直に申し上げると、筆者自身、進展が著しいデータ駆動型経済の現状と先行きに関心を寄せながらも、1人の生活者としては、そこにどの程度の問題があるのかこれまで実感に乏しかった。その理由は、データを利用した消費者向けサービスは「無料」である場合が多く、財布の中身を気にしなくて済むからだ。こうした実感を体現した立場で、米国は競争と消費者利益に関する政策判断を行っている。

 日本の競争政策にあたる米国の反トラスト政策は、ユーザーがデータを提供することで無料でサービスを利用できることを理由に、欧州のそれとは対照的に、いわゆる「データ独占」規制についてサービスプロバイダーに対し穏健的な立場をとっている。法的な意味でデータ独占を競争政策上の問題として考えるためには、データについて「一定の取引分野」を画定(市場画定)することが前提となる。

 しかし、現状ではサービスを無料で提供することと引き換えに、サービスプロバイダーは個人情報のようなデータも無料で収集でき、価格を介した「取引」ではなく、価格を介さない「交換」が行われていると解釈される。

 このような場合、価格を中心においた既存の分析手法ではデータの市場画定ができず、データ市場の独占の問題は法的に存在しないこととなる。そうはいっても、別の面からデータが経済的価値を持つという実感が強まっている。

 具体的にいえば、匿名加工されたデータの取引市場やPDS(Personal Data Store)という個人情報を含むデータを提供する場が、日本を含め主要各国で、企業によって開設され始めている。今後、そうした取引の場が一般的になったとき、個人のデータをどのような方法で経済的価値に置き換えるのかが、問題となるかもしれない。

 企業による個人のマネタイズ(収益化)が進んだとしても、各自の中に、経済的評価から切り離された「自由な個人」という成分は残っていてほしいと思う。

(アジア太平洋研究所 研究員 生田 祐介)

 

(KyodoWeekly2月11日号から転載) 


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