経済
政治・経済・国際の解説・分析記事

既存のイメージから自由に 「パチンコ産業史」自著語る

 定期コラム「経済双眼鏡」の筆者、武田晴人・東大名誉教授が12月17日号で触れていた、韓載香(ハン・ジェヒャン)著「パチンコ産業史周縁経済から巨大市場へ」(名古屋大学出版会)がこのほど、本年度のサントリー学芸賞(政治・経済部門)を受賞した。韓さんに執筆背景など自著を語ってもらった。(編集部) 

名古屋大学出版会、436ページ、5400円(税別)

 パチンコについて研究しているというと、よく尋ねられることがある。なぜパチンコ研究なのか、私はパチンコプレイヤーなのかという質問である。

 パチンコは学問対象として意外であるから好きだから研究しているのだろうと、研究の動機を聞かれていたかもしれない。元々在日韓国・朝鮮人研究に取り組んでいたことから、彼らの重要な事業の一分野となったパチンコ産業に関心を持ったと答えると、別の疑問が飛んでくる。 北朝鮮に送られる資金は在日韓国・朝鮮人のパチンコホール事業に関係しているだろうと。研究を進めていくにつれ、これらの問いが、パチンコに関わる人々に特徴がある、あるいは特別な事情があるというパチンコに対する固定したイメージを表すのではと考えるようになった。

 

相いれない見方

 

 一方、海外では異なる反応がかえってくる。面白そうなトピックだねと。このような反応は、パチンコが日本にしかないユニークなものであり、ポピュラーであることを知っている人のものである。パチンコを知らない人の場合も、ギャンブルではないが実質的にはそれに近いもので、マーケット規模が大きいと説明すると、高い関心を示す。

 日本人はパチンコの世界を社会の特殊的な領域として理解しており、外国人はパチンコが日本社会をシンボリックに表現すると見ているのである。これらは相いれない見方であるが、どちらもパチンコ産業の実態に基づいた認識とはいい難いという点で共通している。

 知られていない事実に光を当て、それらが説明してくれる産業の歴史を吟味することによって、パチンコが日本社会をどのように体現し、またどのような特殊性を提示しているかを整合的に理解することもできるのではないか。そうした問題意識が出発点になったのが、拙著「パチンコ産業史周縁経済から巨大市場へ」である。

 この本で注視する一つの問題は、パチンコに対する既存認識の多くが実態から乖離(かいり)した見方と無縁ではないという点である。

 イメージの起源を歴史的に根拠づけることは難しいが、パチンコが最初のブームに沸いた1950年代において、この産業に関わる人々の自己評価には、社会から隔離された領域とみられていたことが投影されている。

 50年代前半にパチンコホールで働いていた女性たち(〝パチンコ娘〟)がつづった手記には、「重苦しい空気の中で、自分がみじめで、毎日が暗いものでした。小さな丸い穴と、ねてもさめても男の人の顔と玉を数えて暮らしている私です。そんな職場で働かなくてはならない自分を見つめる時、呪わしく思われてなりませんでした」(田中幸子「パチンコの機械裏で」『人生手帳』5(4)、1956年、76―77頁)との心境が吐露されている。

 「今日の社会では正しい仕事、能力に応じた仕事を望んでも無理な事…(引用者による中略)職場の選択などする余裕すら与えてくれ」(岩田福子「パチンコ屋で働く友へ―職業的劣等感の克服―」『人生手帖』3(9)、1954年、16―17頁)ないと時代や社会の状況から理解させることが彼女たちの納得する最善の慰めとなった。〝パチンコ娘〟たちの劣等感は、多少は劣悪な労働環境とも関連があるだろう。

 

ブラックボックス化された産業

 

 しかし、それは主に社会認識を強く反映しており、ホールに勤めることによって彼女たちは周縁的存在となった。ホールで働くことが与えるこのようなイメージは、大卒が就職する業種となり、女性や学生のアルバイト先ともなっている今では過去のものかもしれない。このギャップを埋めるべく、パチンコ産業史のブラックボックスを開けようと試みたのが拙著である。

 パチンコ産業の実態は本格的には解明されていなかった。しかも、資料も乏しい。難航する資料調査のなかで業界関連の方々と接する過程で気がついたのは、彼らがごくごく普通の方であることに筆者が安堵(あんど)感を覚えたことである。漠然とした先入観が私自身にあったのである。暴力団との関わりなどがすり込まれていたかもしれないが、不安感から解放されるまで、さほど時間はかからなかった。

 こうしたなかで、あるホールの歴史資料に出会う幸運に恵まれ、ほとんど知られていなかった営業実態とその変容を明らかにすることができた。

 「周縁経済から」という副タイトルには複眼的意味合いを込めている。それは、第一義的には経済実態(規模、不安定な事業、地下経済的要素)に関連して経済成長のメインストリームからは遠かったということである。そのため、第二に政策的関心の視野からも外れ、行政には射幸性を抑制する規制の視点しかなかった。

 そして、第三にこの産業に携わる人々が在日韓国・朝鮮人など、社会の周縁的存在だということである。周縁的な人々にも仕事が与えられることは社会が安定性を確保する上で重要であると、パチンコの役割を評価したパチンコ愛好家で元日本長期信用銀行の竹内宏氏は例外的な観察者であった。

 そんな「周縁」分野が今や巨大事業となった。とはいえ、現状が前途洋々というわけでない。

 この産業は、規制などの経営環境の変化に翻弄(ほんろう)されながら、さまざまな経営的努力で活路を見いだし今日の地位を築いてきた。環境変化に対応する柔軟な経営能力にこそ、産業の活力があるというのは他の産業にも当てはまるだろう。

 

「耳を傾ける技術」

 

 統合型リゾート施設(IR)整備法が成立し、カジノに関する規制が問題になっているとき、射幸性の抑制などパチンコ産業への公的な規制が、結果的には産業を育てる要素になったという経験は重視されてよい。射幸性規制は世論に影響されながら時代とともに変化しただけでなく、それによって企業に創意と工夫を促した。規制を、制約と一面的に考える必要はない。

 パチンコへの社会的批判は、健全な娯楽を求める消費者の視点によるものとして、産業の長期存続を困難にするという業界の危機意識を醸成し、それに対応する取り組みがイノベーションにつながった。その歴史が示唆することは少なくないだろう。

 イギリス人の社会学者であるレス・バックは、「耳を傾ける技術」で「毎日の生活の中にある、ありふれているが本当は関心を向けるに値するようなさまざまな事象に、もっとうまく関わっていける方法を私たちは見つける必要がある」(有元健訳、せりか書房、2017年、26―27頁)と主張する。

 というのも、例えば「難民は『物乞い』であるというイメージ、そして『暴力的な犯罪』に関わっているという思い込み。そこから生じる大衆の叫び声には増悪と未熟な思考が含まれるが、メディアはそれをいつも利用する」(70―71頁)というような現実があると批判する。

 拙著により、周縁の領域に対し、これまでのイメージから多少なりとも自由になり、見えてこなかったことが読者の耳に届くことを切に願いたい。

 

[筆者略歴]

北海道大大学院経済学研究院准教授

韓 載香(ハン ジェヒャン)

1971年、韓国・ソウル市生まれ。京都大大学院経済学研究科修士課程修了。2004年、東京大大学院経済学研究科後期機博士課程修了。主著は「『在日企業』の産業経済史」(名古屋大学出版会、2018年)

 

(KyodoWeekly12月24日号から転載)


スポーツ歴史の検証
スポーツ歴史の検証

K.K. Kyodo News Facebookページ

ニュース解説特集や映像レポート、エンタメ情報、各種イベント案内や開催報告などがご覧いただけます。

第98回天皇杯 トピックス

決勝の結果(12月9日開催)

浦和レッズ   1-0   ベガルタ仙台

矢野経済研究所
ふるさと発見 新聞社の本
DRIVE & LOVE
11月11日はいただきますの日
野球知識検定
キャッチボールクラシック
このページのトップへ