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「特集」 右派票を読み解く 東京都知事選 有権者「幼稚化」の強い胎動

古谷経衡​
作家・評論家

 東京都知事選挙の結果は言うまでもないが、この中で注目したいのは、いわゆる右派系・保守系候補の動向である。今回の選挙では、元航空幕僚長の田母神俊雄(たもがみ・としお)氏、作家の暇空茜(ひまそら・あかね)氏、在日特権を許さない市民の会(在特会)元会長の桜井誠氏の3氏がこれに該当する。結果、田母神氏は約27万票、暇空氏が約11万票、桜井氏が約8万票となり、合計で約46万票となった。いずれも供託金没収ラインを超えることができず、それぞれ300万円の供託金が没収された。

田母神氏の落日

 さかのぼること10年前の2014年都知事選では、本稿の基準で考えると、右派系・保守系候補と目されたのは田母神氏のみであり、氏は単独で約61万票を獲得して落選した。するとそれから10年がたち、東京都における右派系候補を支持する層は、50万票+-10万票を基礎値と考えると、ほとんど変わっていないということになる。

 この10年で、右派界隈の勢力地図は大きく変化した。まず田母神氏は14年選挙の後、公職選挙法違反(買収)で逮捕・起訴され、有罪が確定した。これにより元来の田母神氏支持層は一斉に離反し、界隈は「田母神批判」一色に変わった。一時期、アパグループが募集した「真の近現代史観」懸賞論文で「わが国が侵略国家だったなどというのはまさにぬれぎぬ」などと主張、最優秀賞を受賞して時の人となった田母神人気は、落日して久しい状況になっている。

 それでも、今回の都知事選に田母神氏が告示前に立候補を表明すると、小池百合子氏、蓮舫氏、石丸伸二氏と並んで、主要4候補の1人として討論会に出席するなど一定の露出はあった。だが前述の理由により、票が伸びないことは明白であった。私はこの時期、民放ラジオ番組で、田母神氏の得票を「10年前の約61万票から半減する。悪ければ20万票台にまで落ち込むであろう」と発言したが、結果はその通りになった。

 十年ひと昔とはよく言ったものだ。この間、大きな変化は当然、安倍晋三元総理の死去、および氏を支えた安倍応援団の地殻変動だ。応援団の筆頭としてネット動画界をけん引し続けた「DHCテレビ」(現・虎ノ門テレビ)は、その運営母体であるDHC社がオリックスに買収されたことに伴い、22年末に唐突に終了した。同局の看板番組であった「虎ノ門ニュース」も終幕となった。上場企業で国際的に事業を展開するオリックスが、企業ブランドへの影響を考え、時としてヘイトに繋(つな)がりかねない同局の番組を事業継承しないと判断したことが主因であると予想される。

 虎ノ門ニュースなどの常連出演者だった保守系言論人の一部が、23年に「日本保守党」を結成する流れとなった。田母神氏はくだんの公選法違反事件により、右派界隈からの信を失ったままDHC関係へは一切出演することができず、右派界隈の主流からは疎遠になって久しい。界隈から事実上の「出禁」に近い状態となった田母神氏は、新型コロナ禍以降、神谷宗幣(かみや・そうへい)氏が創設した参政党に急接近した。

 22年7月の参院選で神谷氏が当選したことにより、一躍脚光を浴びた参政党であるが、その後、党内の分裂や神谷氏自身のスキャンダルなどもあり、往時の勢いはない。今回の都知事選では、神谷氏らが田母神氏の応援に入るなど、事実上参政党が田母神氏の支持母体となったが、参政党自体の党勢衰微により、冒頭のような得票にとどまることとなった。

陰謀論

 私は10年前から田母神氏と共演し、14年の都知事選で氏の応援演説などにも登壇した経験があるが、田母神氏の世界観は当時から強い陰謀論を根底とするものであった。氏によると、日本の公団住宅(団地)の床面積が狭いのは、日本人の少子化を誘引し、ゆくゆくは日本民族の自滅を招来させんとするGHQ(連合国軍総司令部)の陰謀のせいであるという。はてさて、ゆえに参政党とは思想的に相性が良かったのだろう。

 私は参政党を「オーガニック右翼」と定義している。それはつまり、自然農法・無農薬・食品添加物忌避などのオーガニック・健康志向と、右派的世界観や排外的傾向などがミックスされたものである。ここには、反新型コロナワクチン・陰謀論的世界観が強く混入する。神谷氏が右派界隈の中でも「周縁・非主流」だったこともあって、右派界隈の重鎮が入党したり、助力をすることもあまりなかったから、結果的に右派層からの支持の伸び悩みが、今回の田母神氏の敗北に直結している。

 代わってここ数年、大いにこの界隈で支持を集めてきたのは作家の暇空茜氏である。暇空氏は不安や生きづらさを持つ10代の女性らを支援する一般社団法人Colabo(コラボ)への痛烈な批判で一躍注目を集めた。コラボの会計に不正な点があるとして、東京都に対し住民監査請求を実施した。

 右派界隈においては、批判の対象者や団体に対して、民事提訴することは往々にしてあるが、住民監査請求は全く新しい手法であると映った。結果、暇空氏の批判は的外れであり、また暇空氏がネット上でコラボへの根拠のない誹謗(ひぼう)中傷を拡散させたことが問題となった。今年7月18日、一審の東京地裁で名誉毀損(きそん)事件などでの被告となった暇空氏は敗訴し、220万円の賠償を命ずる判決が下った。司法で断罪された暇空氏であるが、今回の都知事選で約11万票を獲得した事実をどう評価すればよいか。

 暇空氏は候補者のうち7位に終わり、得票率も約1・6%と振るわなかった。結果としては泡沫(ほうまつ)候補に終わったといっても過言ではあるまい。概観すれば、暇空氏のコラボなどへの痛烈な批判は、ネットの右派界隈というごく限られた島宇宙でのみ認知されただけともいえる。ただし右派界隈に限って巨視的に考えれば、比較的新しい右派層、つまりここ数年で右派界隈に流入した「新規」の層に一定程度リーチしたとみることができる。

 右派界隈の支持層は、私の調査により約200万~250万人程度、日本に存在すると推計される(詳細は拙著「シニア右翼」などを参照のこと)。しかしこの人数の構成員は、定常的なものではない。つまり右派界隈には常にIN(参入)があり、同時にOUT(脱退)がある。INとOUTがほぼ均衡するので、ここ10年間で彼らの人数がほぼ変わっていないように観測されるのである。

 思想の左右の別なく、政治勢力やその支持集団は離合集散を繰り返すのが世の常である。右派界隈もその例にもれず、人間関係の問題、金銭問題を二大要因として分裂と集合を繰り返している。まさにその一例が、前述した田母神氏に対するここ10年の評価の変遷である。

 ネット動画に触発されて、この界隈にINしてくる者にとって、右派界隈における10年前の出来事などほとんど知る由がない。彼らのほとんどがネット動画を触媒にして界隈に入り込んでくる。

 ネットでの言説の特徴は、アーカイブ化がなされづらいことだ。ウィキペディアを見よ。常に最新の情報に更新され、過去のある時点でどのような見方があったのか。そこから現在までどう発展してきたのか。過去の記事は常に上書きされるのである。もっともウィキには更新履歴が残るが、10年前までさかのぼって体系的に把握しようとする人はまれである。

ご新規さん

 このような新規参入者にとって、田母神氏は「過去の人」ですらなく、そもそも知らないのである。10年という時間を経てもなお、氏を熱心に支持する古参の者か、前述した参政党の支持層である。換言すれば、田母神氏の支持層が右派界隈に長く居住してきた「常連」であり、一方、暇空氏のそれは「ご新規さん」ということになる。これが両者を鑑別する最大の特徴の一つであるが、それとて両者を合計しても約38万票に過ぎない。

 最後は桜井誠氏の約8万票についてである。4年前の20年都知事選にも立候補し、約18万票を獲得して落選した。今回、半減以上、実に6割近くも票を落としたことになる。氏が会長を務めていた旧在特会は、「行動する保守」を自称し、首都圏や関西圏などで排外的街宣やヘイトスピーチを繰り返し、少なくない部分が刑事事件になり、また民事でも巨額の賠償命令が確定している。

 位置付け的には仮に右派界隈が200万人の勢力を持つなら、その中の最右翼であり、具体的には1割未満がそれ、ということになる。前述したように数々の民事・刑事事件を起こしたことで、「行動する保守」の趨勢(すうせい)は大きく衰退傾向にある。さらに付則すると、「行動する保守」の内部ですら分派、分裂傾向が強く、四散分裂している状況が俯瞰(ふかん)的な現状となる。

 また田母神氏の例にあるように、この界隈は刑事事件に発展することに対して潔癖な反応を示す傾向があり、一度でも逮捕・起訴となると、支持者だったものが一斉に批判者へ転向することが珍しくはない。

 一例を挙げると、籠池夫妻に対する右派界隈の支持が、森友学園の事件後一転して真反対になるどころか、「最初から籠池氏は怪しかった」「単に講演会を頼まれたから学園と関係があっただけで、籠池氏個人と親しかったわけでもなく、支持していたわけでもない」などに変貌したのが好例であろう。

 よって桜井氏の8万票という数字は、私の推計通りであり、ほぼ妥当(東京にいる「行動する保守」は、現在このくらいの規模感)とすることができる。この部分の未来予測は簡単であり、仮に桜井氏が4年後の28年に都知事選に立候補した場合、その得票数は現状と変わらず8万票+-1万票、となろう。

 以上のように、今回の都知事選では改めて東京都内における右派層の総数が可視化された。冒頭で述べた通り、それは50万票+-10万票である。「右傾化」が言われて久しいが、実際のところそのコアな人数は10年前からほぼ変化していない。INとOUTの関係で、大気循環のようにその構成員は入れ替わるが、4年後の都知事選でもこの範囲内にとどまるとみる。

未来予想

 それよりも右派界隈の歴史や序列、勢力関係には無知だが、「なんとなく日本の危機」を叫ぶ空虚な候補に、民主的リテラシー(候補者の言動が相対的にどの位置にあり、どの程度妥当性があり、それを判断するためにどの程度候補者の言説を書籍や新聞などで理解したか)が幼稚で未熟なまま、短い動画情報のみに触れ、政策的にはほぼゼロに近い石丸伸二氏などが局所的な票を得ることの方が、よほど社会として問題であり、また近い将来も繰り返されるだろうと容易に想像できることである。

 いま問題なのは有権者や国民の「右傾化」というよりも「幼稚化」なのではないか。そしてその幼稚な有権者から支持される候補者が、部分的に国粋的なことを叫べば、リテラシーのない支持者、政治的極論への免疫がない支持者は、それを「妥当」とか「よく言った」などと刷り込まれてしまう未来予想が、現段階において強く胎動していることである。

作家・評論家 古谷 経衡​(ふるや・つねひら) 1982年札幌市生まれ。一般社団法人令和政治社会問題研究所所長。主な著書に「シニア右翼」(中央公論新社)、長編小説「愛国商売」(小学館)、「意識高い系の研究」(文藝春秋)、「ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったか」(コアマガジン)など多数。

(Kyodo Weekly 2024年8月5日号より転載)

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