生活情報のコラム

【コラム】「6年生全員を踏破させる!」 小学校校長が行った登山チャレンジ

剣山地の一ノ森に登頂し、ピースサインをする35人の小学6年生。
剣山地の一ノ森に登頂し、ピースサインをする35人の小学6年生。

 弁当作りを通じて子どもたちを育てる取り組み「子どもが作る弁当の日」にかかわる大人たちが、自炊や子育てを取り巻く状況を見つめる連載コラム。「弁当の日」提唱者である弁当先生(竹下和男)によるもう一つの取り組み、全員踏破を目指した登山体験について——。

6年生たちを日本百名山・剣山の山頂に立たせたい

 徳島県の剣山(つるぎさん)は、標高1955メートルで西日本第2位の高さを誇る、日本百名山の一つです。
 剣山の最大の魅力は、山頂の360度の眺望。1,750メートル辺りから、風当たりの良い斜面は高木が少なくなり、頂上付近はミヤマクマザサのみの平原になっています。近くの次郎岌(じろうぎゅう・1,929メートル)や一ノ森(いちのもり・1,879メートル)までのうねった道のりも、頂上から見える一面のミヤマクマザサの中に見え隠れします。遠くには、四国一の高さを誇る愛媛県の石鎚山(いしづちさん、1,982メートル)、瀬戸内海も望むことができ、自然界のスケールの大きさに言葉を失います。私の暮らす香川県の最高峰、竜王山(りゅうおうざん、1060メートル)が、頂上に立っても視界が周囲の高木でほとんど塞がれているのとはまるで違います。

 私の趣味はカメラ・登山・植物です。香川県の滝宮小学校の校長になって2年目に、「6年生を剣山の山頂に立たせたい」と思いつきました。子どもたちは登山中にさまざまなことを考え、感じ、それが後の人生に価値をもたらすに違いないと考えたのです。

 剣山登山に挑んだ多くの大人が、「剣山は登れなかった」と挫折経験を語っています。距離にしてたった960メートル、高低差が200メートルの登山に失敗するのは、心肺機能を登山モードに切り替えられなかったためです。リフト(15分)で登る330メートルは脚力を全く使っていませんが、一気に頂上まで行こうと平地感覚の大股で登り始めると、ほとんどの人が3分もしないうちに息切れし、5分も登れば腰かけて休憩したくなります。この休憩で、登山モードへの心肺機能の切り替えに失敗するのです。あとは数分ごとに休憩したくなり、リフトを降りたときはあんなに近くに見えた頂上が休憩するたびに遠く思えて、ついには登頂を断念してしまうのです。

 私は休日返上で、剣山の下見を始めました。複数ある登山コースのすべてを踏破し、距離と所要時間を記録し、分かれ道で間違えた時の行き先を確認しました。もちろん、子どもが使用できるトイレや避難場所も、大切なチェックポイントでした。日の出前に登り始め、日没後に下山することが何度もあり、星明りだけで剣山を歩けるまでになっていました。肝になるのは、最初の15分でした。これなら脈拍が上がることもないだろう、と思われるくらいに歩幅を狭くし、ゆっくりと同じペースで登り続ける。途中で腰かけて休憩しない。休憩するなら立ったまま。これが登頂のコツでした。

 滝宮小学校から見ノ越登山口まで、バスで2時間半。観光バスで行けるのは、見ノ越駅(1,420メートル)までです。そこから西島駅(1,750メートル)まで、一人乗りのリフトがあります。高木が減っていき、眺望が開けていくリフトは、まるで上昇気流に乗った鳥の気分で、爽快そのものです。終点の西島駅でリフトを降りると、頂上はもう目と鼻の先。わずかに残った高木の間のつづら折りの山道を登り切ればいいのです。

 66人の6年生全員が、剣山登山は未経験でした。体力差のある66人が頂上に立つことが、最低かつ最大の目標です。リフトの使用方法(上りだけ、下りだけ、使用しない)で児童の体力差に対応し、余力のある子には「一ノ森コース」と「次郎岌(じろうぎゅう)コース」を設定しました。問題は、引率者の数。グループを編制して登山していきますが、6人前後のグループを作ると、引率の教職員5人だけでは安全確保ができません。

 そこで、子どもリーダーを育成するための「下見登山」を思いつきました。子どもと保護者たちに呼びかけ、強い興味・関心と意欲を示した15人の子どもが集まりました。集まった子どもの中には日常の学校生活で問題がある子も含まれていて、心配する職員もいましたが、私は「その子の意欲を買いたい」と受け入れました。こうして子ども15人に教職員と保護者が5人ずつの総勢25人で、夏休みに下見登山を実施することになりました。

 この下見登山は、見事に大失敗しました。事前打ち合わせで指導したのは、前日までの体調管理、バス内のマナーと乗り物酔い対策、グループ登山では最も体力のない子に合わせること、挨拶・自然保護・事故対応といった登山者のマナー・・・。遭難や事故を回避するために、子どもたちに丁寧に説明したのですが、10人の大人に見守られたことで、バスの中から子どもは物見遊山感覚でした。

 前夜の不摂生やバスの中のマナーの悪さからバスに酔う子、ハイピッチで登り始めたことですぐに座り込んでしまう子、そのために登山モードに切り替えられなかった子たちが、山頂に到着する予定時刻を大幅に遅らせたのです。一ノ森・次郎岌コースの下見は、諦めざるを得ませんでした。体力の消耗から、下山もリフトを使用することになりました。15人のリーダー候補生は、すっかり落ち込んでいました。私は、「本番は期待しているよ」としか言いませんでした。しかし、本番までの1カ月余りで、彼らはリーダーの自覚を育んでいったのです。

 10月の秋季遠足「剣山登山」の日は、通過した台風の余波が残っていました。朝7時半に学校を出発。誰一人、バスに酔いませんでした。下見登山で散々な思いを経験したリーダーたちが、前夜の早寝だけでなく乗り物酔いを避けるバスの乗り方を指導していたのです。

 リフトを降りた西島駅より上にある広葉樹はもう紅葉が始まっていて、標高が1800メートルを越えると雲の中に入りました。視界は50メートル以下でしたが、「トトロの森みたい」と笑い合い、グループが間延びしないように注意しながら、予定通り66人が山頂にたどり着いたのです。リーダーたちが、事前にコース選びの相談に乗り、登山モードへの切り替えを成功させる最初の15分間のゆっくりペースを全員に実行させたからでした。気温は8度。台風の吹き返しは風速10メートル近く、私たちの体感気温は0度になっていました。

 山小屋で弁当を食べ、強風をまともに受ける「次郎岌コース」は、「一ノ森コース」か「基礎コース」に変更してもらいました。「一ノ森コース」は三ノ森(1922メートル)、二ノ森(1874メートル)を尾根伝いにアップダウンで歩くので、雲の層を出入りします。一ノ森までの多くがミヤマクマザサの中の登山道でしたから、雲の下になるたびに眺望が開け、何度も歓声が上がり、子どもたちは興奮状態でした。一ノ森からの下山はつづら折りが長く、分かれ道もたくさんありましたが、「グループの先頭は、最後尾の子が見えなくなったら待つ」という鉄則を守り、列が長くなることなく西島駅にたどり着き、リフトで見ノ越駅まで下りてきました。「基礎コース」の子らは、登りとは違うコースで西島駅まで下り、リフトを使わずに見ノ越登山口まで歩きました。66人それぞれがコースを踏破し、疲労困憊し、お互いの頑張りを称え合っていました。帰路のバスの中では、多くの子どもが爆睡していました。

 滝宮小学校の6年生は、毎年卒業文集を制作しています。「小学校6年間の一番の思い出は?」のアンケートによると、例年1位は「修学旅行」、2位は「運動会」でした。それが2001年度は、1位「剣山登山」、2位「弁当の日」、3位「修学旅行」になったのです。卒業した剣山登山1期生のうちの2人は翌年、指導者として、夏休み中の下見登山にも参加してくれました。翌年の剣

 山登山は快晴に恵まれ、360度の眺望を満喫し、「次郎岌コース」も体験できました。剣山登山をした6年生は、5年生に登山の心得を伝えます。そのときの「先輩面」を見るのが、私は大好きでした。聞いている5年生も、教師の説明を聞くとき以上に集中しているのが分かります。それはまさに、「あこがれにあこがれる」という連鎖の中で、子どもたちが成長している場面でした。

 私が異動した後も、剣山登山は続きました。両親から「体力がないので友だちに迷惑をかける」という理由で辞退するようにいわれていた児童が、自主トレーニングに励み、両親を説得して頂上を極めた話を、後任の校長から聞きました。先輩が体験した素晴らしい剣山登山を諦めたくなくて、彼女は自分自身を変えたのです。

 その後、見ノ越登山口までの道が台風による土砂崩れで通行できなくなり、目的地を香川県の竜王山に変えて実施していたそうですが、ついには沙汰止みになりました。10年続けば、「弁当の日」のように本にまとめようと思っていたのですが。

竹下和男(たけした・かずお)
 1949年香川県出身。小学校、中学校教員、教育行政職を経て2001年度より綾南町立滝宮小学校校長として「弁当の日」を始める。定年退職後2010年度より執筆・講演活動を行っている。著書に『“弁当の日”がやってきた』(自然食通信社)、『できる!を伸ばす弁当の日』(共同通信社・編著)などがある。

 #弁当の日応援プロジェクト は「弁当の日」の実践を通じて、健全な次世代育成と持続可能な社会の構築を目指しています。より多くの方に「弁当の日」の取り組みを知っていただき、一人でも多くの子どもたちに「弁当の日」を経験してほしいと考え、キッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、ハウス食品グループ本社、雪印メグミルク、アートネイチャー、東京農業大学、グリーン・シップとともにさまざまな活動を行っています。

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