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【洋楽を抱きしめて】いろいろな意味でMTV時代を象徴したダイアー・ストレイツの「マネー・フォー・ナッシング」

『ブラザーズ・イン・アームス/ダイアー・ストレイツ』 (ユニバーサルミュージック)
『ブラザーズ・イン・アームス/ダイアー・ストレイツ』
(ユニバーサルミュージック)

 いろいろな意味でMTV時代を象徴した楽曲のひとつが、ダイアー・ストレイツの「マネー・フォー・ナッシング」(1985)だろう。冒頭、ゲスト参加したスティングによって歌われるのは、「I want my MTV」(俺は自分のMTVが欲しい)というフレーズ。マーク・ノップラーは、MTVを見ていた作業員の言葉を中心にこの曲を書き上げた。

 そして当時の先端技術を駆使して作られたコンピューター・アニメーションが多用されたミュージック・ビデオはMTVで繰り返し流され、MTVビデオ・ミュージック・アワードで、最優秀ビデオ賞と最優秀グループ・ビデオ賞を授賞した。

 ダイアー・ストレイツの中心人物、マーク・ノップラーは、ニューヨークの百貨店で、MTVを見ながら配達作業員たちが自分たちの仕事について愚痴を口にしていたのを耳にして、それをもとに「マネー・フォー・ナッシング」を書いたという。

 「俺たちはこれから電子レンジを設置しなきゃいけないし、特注のキッチンも来るし、冷蔵庫やカラーテレビを移動させなきゃいけないっていうのに、MTVに出ているような奴らはギターを弾いているだけで、カネは入って来るし、女はタダだぜ」。

 本作のレコーディング中、スティングが休暇でスタジオのある西インド諸島のモントセラト島を訪れており、彼は冒頭の「I want my MTV」というフレーズを歌った。スティング自身は反対したが、彼のレコード会社が著作権を求め、それによってこの曲のクレジットは、ノップラーとスティングの共作ということになった。

 「マネー・フォー・ナッシング」は全英4位、全米1位など世界的な大ヒットとなった。3千万枚以上の売り上げを記録したアルバム『ブラザーズ・イン・アームス』に収録されており、シングル盤より長い8分を超えるバージョン(CD)を聞くことが出来る。

 ノップラーは1949年、英国人の母とハンガリー移民の父との間に生まれた。彼の公式サイトによると、音楽に目覚めたのは6歳の時にロニー・ドネガンを聞いたことによるという。彼はティーンエイジャーになる前には独学でギターを学び始めた。

 70年代半ばにダイア―・ストレイツとしての活動を開始。’78年にファースト・アルバム『悲しきサルタン(Dire Straits)』をリリース。玄人筋に’は受けが良かったが、当初は英国では振るわなかった。だが次第に、西ドイツ、オランダ、オーストラリアなどで火がつく。

 翌’79年、米国ツアーを敢行。ボブ・ディランが彼らを見に来たことが話題に。アルバム『悲しきサルタン』は全米チャートの2位にまで上昇。シングル・カットされた「悲しきサルタン(Sultans of Swing)」は米国で最高位4位、英国では同8位を記録。デビュー・アルバムも英国で5位まで再浮上するなど、一躍人気グループになった。

 ’88年にダイアー・ストレイツは一旦解散。’91年には再結集しアルバムが発表されるも、’95年にはノップラーの判断で再び解散となった。

文・桑原亘之介

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