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【洋楽を抱きしめて】ドン・マクリーンの歌に感動した少女のメモが生んだ名曲「やさしく歌って」

『やさしく歌って/ロバータ・フラック』 (ワーナーミュージック・ジャパン)
『やさしく歌って/ロバータ・フラック』
(ワーナーミュージック・ジャパン)

 ロバータ・フラックの歌唱で世に広く知られるようになった名曲「やさしく歌って(Killing me softly with his song)」。その作品が、ドン・マクリーンのコンサートを観て感激した少女が思わず書き留めたメモから生まれたことをご存じですか。

 1971年のこと。当時19才だったロリ・リーバーマンは友人とロサンゼルスのクラブ“トルバドール”にマクリーンのショーを観に出かけた。ロリはとりわけ「エムプティ・チェアーズ」という歌に感銘を受け、手元にあった紙ナプキンに詩的な文を書き留めた。

 女性歌手でもあったロリは、作詞家のノーマン・ギンベルにメモした言葉を伝え、彼と作曲家のチャールズ・フォックス(ロリはこの2人と契約をしていた)が曲に仕上げることになった。そのメモとは“Killing me softly with his blues”だったとされる。

 マクリーンは翌年に「アメリカン・パイ」の大ヒットで有名になるシンガー・ソングライター。同曲を冠したアルバムに「エムプティ・チェアーズ」は収められる。

 さて、ギンベルとフォックスが書き上げた曲は、ロリによってレコーディングされて’72年夏にリリースされた。しかし、このオリジナルはヒットしなかった。しかし、運命のいたずらがあった。ロバータがロサンゼルスからニューヨークに向かう飛行機の中で聴いていた機内音楽の中にロリの曲があり、ロバータが大いに気に入ったのだ。

 ロバータはタイトルと歌詞を特に気に入り、自身でレコーディングしたいと思った。そして、この歌「やさしく歌って」の作者がギンベルとフォックスであることをつきとめる。完璧主義者でもあるロバータは3カ月もの間スタジオにこもり、バイオリンを弾いたり、バック・ボーカルを直したりして、彼女のバージョンを完成させていった。

 ’73年1月にリリースされるや、米ヒットチャートを記録的な早さで上昇し、2月下旬には首位を獲得する。ロバータにとって、前年の「愛は面影の中に(The first time ever I saw your face)」に次ぐ2作目の全米ナンバーワンとなった。

 ロバータは「やさしく歌って」で、米グラミー賞の最優秀レコード、最優秀楽曲、最優秀女性ボーカルの3部門を授賞した。これまた前年の「愛は面影の中に」でのグラミー賞の最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞授賞に次ぐ2年連続の快挙だった。

 ロバータは’74年にも「愛のためいき(Feel like makin’ love)」で全米1位を獲得。その後もダニー・ハサウェイとのデュエット曲などがヒット。’83年にはピーボ・ブライソンとの「愛のセレブレーション(Tonight, I celebrate my love)」が最高16位を記録した。

 さて「やさしく歌って」だが、名曲だけにカバーするアーティストが後を絶たない。中でも最も成功したのは、’96年のヒップホップ・グループ「フージーズ」による「Killing me softly」のタイトルでのカバーだろう。全米全英1位を記録、グラミー賞も授賞した。

文・桑原亘之介

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